約 632,947 件
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/298.html
ハルヒ先輩3から ハルヒ 言うまいと思ってたんだけどね、キョン。 キョン 何だ?ハルヒ ハルヒ 二人の間に隠し事はない方がいいと、言い出したのはあたしだしね。あんたのエロい本もDVDもゲームも捨てさせたし。 キョン あ、あれはもう、その、必要ないというか、物足りないというか(フェード・アウト)……。 ハルヒ ……あたしね、日誌をつけてるの。 キョン 日誌? 日記じゃなくて? ハルヒ そう。ダイアリーじゃなくて、ジャーナル。航海日誌みたいなものね。セルフ・コントロールのツールよ。 キョン セルフ・コントロールって? ハルヒ たとえば、その日思いついた妄想とか、溢れ出さんばかりの衝動とかを、一度言葉にして書き留めるの。そうすることで、自分を客観視できて、アブナイことをしでかさなくて済むという訳よ。 キョン それは聞かない方がよかったような……。 ハルヒ アトランダムに内容を紹介するわ。 キョン やめとけ。いや、やめてくれ。 ハルヒ オーディエンスのGoサインがたくさん見えるのは気のせいかしら? キョン 気のせいだ、断じて。 ハルヒ たとえば、つい情と劣情に流されて、あんたの家庭教師をしたけどね。 キョン やっぱりスーツとメガネのコスプレは欠かせないとか言ってたしな。 ハルヒ あんたも別の意味でノリノリだったけどね。実はあの後、軽い気持ちであんたの成績を上げちゃったことを後悔したこともあるの。ちょうどその頃、書いた部分よ。読み上げるわ。 『ハルヒ先生計画: 1 キョンを馬鹿のまま据え置く。必要なら勉強の邪魔をする。勉強以外のことに夢中にさせるなどの手段を弄して。 2 キョンが一年、留年(ダブ)る。 3 大学で教職課程を採る。教育実習に必要最小限の単位を集める。 4 母校で教育実習。教育実習生としてキョンのいるクラスを担当する。 5 キョンに『ハルヒ先生』と呼ばれる。』 キョン ハルヒ、気持ちは痛いほどよおく分かったから、鼻血を拭け。ほら、ハンカチ。 ハルヒ あ、ありがと。で、どう、この計画? キョン やばい。あらゆる意味で、いろいろやばい。 ハルヒ でしょ! あたしもね、このページを書き終えた後、糊付けして封印しようかと思ったくらいよ。これだけで、マニアならご飯3杯くらいイケるわね! キョン どっちのマニアだよ。 ハルヒ でね、この計画、まだ続きがあるの。なにしろ教育実習生なんて2、3週間しかいないんだから、必然的に短期決戦ね! キョン ハルヒ、おれの「ヤバいこと」メーターの針が、レッド・ゾーンを超えて、すでに振り切れてるんだが。 ハルヒ 擦り切れるのも近いわね。 キョン 頼む、ハルヒ。 ハルヒ なあに、キョン? キョン 計画の続きを言うのは、俺の耳元にしてくれ。他の奴らに聞かせたくない。 ハルヒ もお! 今ので、あたしの萌えメーターは8000回転/秒を超えたわよ! キョン あ、でも……。 ハルヒ なに、キョン? キョン その後、告白して、付き合うっていうなら、もうしてるぞ。……やり直したいのか? ハルヒ まさか! そうじゃなくて、何しろ短期決戦だから、告白の時点で勢いが半端じゃないの、止まんないのよ! 向こうから走って来て、その勢いでタックルして、スクラムごと押し込んで、そのままトライというかメイクラブというか。 キョン すまん、ラグビー用語はよくわからんが、……それって、有り体に言ってレ○プっていうんじゃないのか? ハルヒ ……キョン、あんたがやんのよ。 キョン おれが?ハルヒを?押し倒す? ハルヒ (こくん) キョン 無理。 ハルヒ ちょっと待ちなさい! こういう時ぐらい男の力を見せようって気にならないの!? キョン ならない。あのな、ハルヒ、力っていうのは……見せた方が速いか。ちょっと待ってろ。 ハルヒ って、なんで、あんたのカバンから杉板なんか出てくるのよ。 キョン そこはスルーしてくれ。俺が持ってるから、ハルヒ、これを割ってみろ。……ってもう割れてる! ハルヒ 人間の腕は力むと引き付ける方の筋肉が緊張するから、突きには邪魔になるの。イメージ的には弛緩させて、スピードを生かす方がいいわ。手は軽く握るか握らずに、鞭のように腕をふるう感覚ね。ちょっと見えなかったでしょ? 普通は、鼻先とか目の下を狙うんだけど。 キョン 当たるとすごく痛いだろうな。 ハルヒ でしょうね。 キョン 痛いのは嫌だから、大抵は「なぐるぞ」と言うだけで、相手はこっちの言うことを聞くだろ? ハルヒ うーん。 キョン でも、多分、俺たちには、そういう力は必要ない。 ハルヒ それは、そうなんだけど……。 キョン ハルヒ、手。 ハルヒ え、こう? キョン で、こうする(ぐいっ)。 ハルヒ うわっ。いきなり。……って、抱っこ? キョン 手はつないでもいいし、相手にまわしてもいい。それだけで世界で一番近くになれる。俺たち、ここから始めればいいんじゃないか? ハルヒ うん! そうね。……あの、キョンがね、こんなにいい男になって、うう。 キョン いい加減、小さい子扱いはやめろよな。2歳しか違わないのに。 ハルヒ 歳の差って残酷ね。たとえわずかな差でも、永遠に埋まらないなんて。 キョン ……まあ、最初はおまえからレ○プされたみたいなもんだけど、な。出会い頭にキスされて。 ハルヒ そうやって怒るのも時々は見たいの! 時たまにするから。 キョン うー。 ハルヒ さあ、キョン、気を取り直して、キスするわよ! キョン 仕切り直すな! ハルヒ それも気を失いそうなやつをね! ハルヒ先輩5へ
https://w.atwiki.jp/haruhi-2ch/pages/58.html
涼宮ハルヒの分裂 基礎データ 著:谷川流 口絵・イラスト・表紙:いとうのいぢ 口絵、本文デザイン:中デザイン事務所 初版発行年月日:平成19年(2007年)4月1日 本編290ページ 表紙絵:涼宮ハルヒ(付替えカバーも涼宮ハルヒ) タイトル色:赤色(付替えカバーは紫色、全体色も紫色) 初出:書き下ろし 初出順第26話 裏表紙のあらすじ紹介 桜の花咲く季節を迎え、涼宮ハルヒ率いるSOS団の面々が無事に進級を果たしたのは慶賀に堪えないと言えなくもない。だが爽やかなはずのこの時期に、なんで俺はこんな面子に囲まれてるんだろうな。顔なじみのひとりはいいとして、以前に遭遇した誘拐少女と敵意丸出しの未来野郎、そして正体不明の謎女。そいつらが突きつけてきた無理難題は、まあ要するに俺をのっぴきならない状況に追い込むものだったのさ。大人気シリーズ第9弾! 目次 プロローグ・・・Page5 第一章・・・Page101 第二章・・・Page155 第三章・・・Page219295ページに涼宮ハルヒの驚愕に続くとあり、上巻であることがわかる。 アニメ 全編未アニメ化 漫画 ツガノガク版(雑誌の発表号などの詳しい情報はツガノ版漫画時系列で) コミックス第16巻に収録第76話『涼宮ハルヒの分裂I』(原作P5-原作P70、最初から佐々木と会話するまで) 第77話『涼宮ハルヒの分裂II』(原作P70-原作P100、佐々木と会話している場面はプロローグ終了まで) コミックス第17巻に収録第78話『涼宮ハルヒの分裂III』(原作P101-原作P156、第1章から、第2章の風呂で謎の女性との電話をするところまで(α1)) 第79話『涼宮ハルヒの分裂IV』(原作P156-P169P、172-P173、P175-204、第2章の謎の女性との電話をするところから(α1)佐々木と電話する(β1)を経て古泉に電話をし(β2・3)橘・佐々木・藤原・九曜と会談し佐々木の閉鎖空間に入るまで(β4)) 第80話『涼宮ハルヒの分裂V』(原作P169-P172、P173-P175、P204-P235、P252-253、第2章佐々木の閉鎖空間の橘の会話から九曜VS喜緑さんを経て(β4)、古泉に電話をする・翌日は休日(α2・3・4)を経て月曜日まず長門に天蓋領域のことを聞き、キョンがハルヒから数学の小テストのヤマを教えてもらう場面を経て、SOS団部室に新入部員希望者が殺到している場面まで(α5) 第81話『涼宮ハルヒの分裂V』(原作P235-P251、P254-P295まで、第3章の新入部員希望者にハルヒが演説した場面(α6)を経てキョン中3時代の回想(夢):キョンと佐々木の雑談&目を覚ました後の国木田・谷口の雑談を経て部室に行き長門の不在に気づき長門のマンションへ全員へ向かうまで(β5・6) 第82話『涼宮ハルヒの驚愕I』(P294-P295、長門のマンションに向かう直前の古泉とキョンの会話(β6)) 登場キャラクター(原作のみ登場) キョン 涼宮ハルヒ 長門有希 朝比奈みくる 古泉一樹 鶴屋さん シャミセン 谷口 国木田 キョンの妹 コンピュータ研究部部長 生徒会長 喜緑江美里 佐々木 橘京子 藤原 周防九曜 『わたぁし』 あらすじ 後に繋がる伏線 刊行順 ←第8巻『涼宮ハルヒの憤慨』↑第9巻『涼宮ハルヒの分裂』↑第10巻『涼宮ハルヒの驚愕(前)』→
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/352.html
ハルヒ先輩8から 「ちょっと、キョン。こっち向きなさい」 「なんだ、ハルヒ?」 「ネクタイ、曲がってる」 「ああ、すまん」 「はあ。この先、思いやられるわね」 「返す言葉もないが……って、ハルヒ、にやけてる」 「そう、喜びが心の奥底から、ふつふつとね」 「公道で人の袖を握るのはいい。だけど肩で笑うの、やめろよな」 「幸せ過ぎて、いけないことの一つや二つ、故意にやってしまいそうね」 「思いっきり確信犯だぞ」 「キョン、言葉は正確に使いなさい。確信犯というのはね、自分では義賊と思ってる犯罪者のことをいうのよ。あたしの場合は愉快犯よ!」 「どっちでもいいが、あんまり遊んでると式に遅れそうだぞ」 「構わないから待たせておきなさい」 「いや、どっちかっていうとおれは構うぞ。卒業式くらい平穏にすまそうな、ハルヒ」 「いいわ。で、その後は、あんたと二人で夜の卒業式ね」 「だから、『夜の』とか『大人の』とか、むやみに付けるのやめろよ。……というか、もう、そういうの、必要ないだろ?」 「そうね。高校生も廃業だし、公営ギャンブルもやりたい放題よ、キョン!」 「いや、あんまり、興味ないし。それと大学生も学生だから、基本ダメだし!!」 (数日前) 「卒業式? って誰の?」 「キョン、あんたの」 「おれの? ……で、ハルヒがなんで?」 「あんたの学校行事はことごとく制覇するのが、あたしの夢なの」 「おれの行事を制覇して何の意味が? ……それに、もう行事は卒業式しか残ってないぞ」 「あとは、あんたが一人前いれば、残りの人生、海賊の腕にとまったオウムのように安泰よ」 「……いや、行き先に暗雲立ちこめるのが、おれにもかすかに見える。それにオウムがとまってる海賊の腕は、なんだか義手っぽいぞ」 「どんな荒波に飲まれようと、あたしに舵を任せておけば問題なしよ!」 「なんというか、それには異論は無いけど……だいたい卒業式なんて、つまらなくないか?」 「なんで?」 「おまえ、また『委任状』とかとって、また父兄として参加するつもりだろ?」 「そ、そうよ。今回は『白紙委任状』を取ってあるけど……」 「そんな超法規的措置は出番が無いぞ。あたりまえだが、卒業生と父兄の席は離れてるし、やることと言えば挨拶みたいなのばっかりだ」 「そうなの?」 「そうなのって、ハルヒ、卒業式は? ……いや、愚問だった」 「あんたは在校生として出てるはずよね」 「おれの前にいる元卒業生は、見事にさぼってたな」 「周りでびーびー泣かれると、うっとうしくて。そんなにボタンが欲しいなら制服ごと中身ごと持って行けばいいじゃない!……って気持ちになりそうだから」 「……なるほど。……おまえなりに自重したんだな」 「……あ、あたしだって、周りの雰囲気に、全く完璧に流されない、という訳じゃないわよ……」 「出てたら誰よりもびーびー泣いてそうだな、意外にも」 「とにかく! あたしには涙は似合わないし、別れを惜しむ暇もないの!」 「……で、ほんとに卒業式に来るのか?」 「何よ、嫌なの?」 「そうじゃなくて。今言ったとおり『びーびー泣いて』、『制服ごと中身ごと持って行』ったりするんじゃないのか?」 「うっ! キョン、あんた、意外とスナイパーね……」 「的がこんなに至近だと外れる気がしない。……おれはいいぞ。ハルヒが泣いてる姿、嫌いじゃないし」 「な、泣いたりしないんだからね! 覚悟しなさい!」 「……何の覚悟だ? だいたい、同級生なら『卒業→離ればなれ』ってシチュエーションになるが、おれたちの場合、『卒業→同じ大学へ通う』んだから、むしろ距離は近くなるんだぞ」 「そうよ、あたしの思うツボよ! ……2年も待ったんだからね」 「ああ……うん、そうだな」 「そうよ」 「……聞いてもいいか?」 「なに?」 「ハルヒは……いつまでおれと一緒に居てくれるんだ?」 「……あんたがあたしに愛想を尽かして……『もういい』って言うまでね。……言わせないけど」 「……よかった」 「な、なにが良いのよ?」 「手」 「手?」 「ほら」 「こ、こら。引っ張るな! もう、何、笑ってんのよ! キョン、待ちなさーい!」 ハルヒ先輩 ハルヒ先輩2 ハルヒ先輩3 ハルヒ先輩4 ハルヒ先輩5 ハルヒ先輩6 ハルヒ先輩7 ハルヒ先輩8 ハルヒ先輩9
https://w.atwiki.jp/sasaki_ss/pages/547.html
今日は恒例の不思議探索ツアーなのだが、春の暖かい気候は冬の寒さにおける布団の温かみとはまた別の意味合いで俺の起床を見事に妨げ、結局いつも通りシャミセンと妹に叩き起こされることになった。財布の中身を見てため息をつきつつ玄関を開ける。 佐々木「やぁキョン、ご苦労だね。」 俺の家の前に佐々木が立っていた。 待て、何故お前がここにいる? 佐々木「僕もあの駅に用があるからね・・・くっくっ そんな顔しないでくれ。今日はあの3人は来ない。純粋に僕の用事さ。」 佐々木に言われて俺はほっとする。毎度毎度あの3人と鉢合わせることになんのでは俺の神経がもたない。もっともこの1年で俺の神経はある意味完全に狂ってしまったがな。 そうか、と佐々木はくっくっと笑う・・・。 ん? 待て佐々木。お前俺の質問に答えてないじゃないか。 キョン「なんであの駅に行くのに俺の家にいる?不自然じゃないか。」 俺の意見をもっともとして受け取ったのか、佐々木は偽悪的な笑みを浮かべた。 佐々木「なに、昔みたいにキミの自転車の荷台に乗ってみたいと思ってみただけさ。用事といってもたいしたことではないし、帰属本能かな?いや、なんでもない。忘れてくれ。 くっくっ。それとも、キミは家の前でキミを待ち続けていた僕を見捨て、駅で同じくキミを待つ涼宮さん達の所へ直行するのかい?それは白状というのではないかな?」 やれやれ、そんなことを言われたらNOとは言えないじゃないか。もっとも断る理由もないが。だが確かに言われてみれば久しぶりだ。受験が終わる前だから一年と2ヶ月ぶりだろうか。 佐々木「それぐらいだね。キミの後ろは中々居心地が良かったよ。」 そうかい。俺は良かったと言えたかどうかは今でもなんとも言えんが。 俺はチャリを道路に出して先に乗る。 すると昔と同じタイミングで同じ重量がチャリに掛かるのがわかった。 佐々木「キョン、乗ったよ」 キョン「あぁ」 昔と同じ掛け合いで俺はチャリを漕ぎ出し駅に向かった。 佐々木「どうだいキョン、キミ達の集団は。仲良くやっているのかい?」 聞いてどうする。悪いといったら戦国武将のように塩でも送ってくれるのか? なら俺の財布の中身でも増やしてほしいもんだ。 佐々木「悪いがお断りするよ。キミがキミのお金を使うのはキミ次第だ。 つまり責任はキミにあるということだ。 それを減らしたくないのならそれに即した行動をとるべきだ。 もしくは慎むべきだね。 そんなに気になるのならバイトでもするべきだろうし、 社会経験にも繋がるし自力で稼いだそれは 親から頂戴するときとはまた別の感慨があるだろうからね。」 相変わらず昔と変らないやり取りだ。 なぜか俺が佐々木に言い返せないのもな。 佐々木「それに先ほどの僕の質問はいわゆる社交辞令だよ。 確かに2度会った仲ではあるがキミが彼等と仲良くやっているか、 僕が心配できるほどキミ達の集団を知っているわけでもないしね。」 そりゃそうだと思いながら俺はチャリのスピードを上げる。 今まで気付かなかったが、話に気を取られてスピードを緩めていたため 集合時間が結構ギリギリなのだ。 結局5分オーバーで自転車置き場まで着いたのは良かった。 だが問題はその後だった。 その問題とは集合時間に送れたことではない。 いや、当たらずとも遠からず、というべきなのだろうか? ハルヒ「あんた達・・・何してんの?」 佐々木「おはよう、涼宮さん。」 キョン「・・・」 自転車置き場にハルヒがいたことだ。 当然俺が佐々木を荷台に乗せてチャリを漕いでいたところも、 今しがた俺がチャリを止めて、その後ろから佐々木が荷台から降りたのも、 ハルヒは夫の不倫相手を目撃したような驚愕したような顔で見ていたのだ。 ハルヒ曰く遅刻した俺に叱咤するためにわざわざここで待っていたらしいが、 ぜひ違う日にしてもらいたかったね。いや、特に理由なんてないが。 ・・・ないはずなのだが、この空気はなんだ? まるで冬の隙間風のような、痛々しい寒さを感じるのは気のせいだろうか? 佐々木「あぁ、二人乗りしていたの。私が無理を言ってね。」 さっきまで俺の後ろにいた佐々木は俺の横まで歩みを進めた。 佐々木「去年は塾の行きでいつも一緒に二人乗りをしていたからね。 なつかしくて。 だから彼の家で待ってたの。 そうだろう、キョン?」 何故俺に聞く? ハルヒ「へぇ、そうなの?キョン?」 だから何故俺に聞く? ハルヒは視力の悪い奴が遠くを見るような目つきで、 佐々木は被告人を見る裁判長のような目つきで俺を見る。 神に誓いたい。俺は何も悪い事はしていない。遅刻を除いてな。 修羅場・涼宮ハルヒの驚愕
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/311.html
ハルヒ先輩7から こんな晴れ上がった日に、何だってんだ!? 《ハルヒちゃん、事故、○○総合病院》 3時限目の真っ最中、窓からさし込む日航の明るさと暖かさに、目覚めてはまどろみ、夢と現実の間を行ったり来たりしていた俺に、携帯が震えてメールがあったことを伝えた。家からだった。 電報みたいな文面を読み終える前に、おれはカバンを引っ掴み廊下に飛び出していた。 「ハルヒ!!」 病院の受付に、つかみかかるような勢いで尋ねて、教えてもらった病室に飛びこんだ。 「はいはい、手も足も首もついてるわ。お願いだから、泣かないで」 いつもの顔、やれやれといった声。……気付かなかった。手の甲で目をこすると、確かに濡れていた。 「ハルヒ、無事?」 「無事じゃないわね。足は捻挫ですんだけど、利き腕が折れたみたい。ほら、できたてのギブス。ああ、なんでこうなったかは、あとでじっくり話してあげる。それより、ニヤニヤ笑いしてる、そこのおっさんをどけてちょうだい。うっとうしいたらないわ」 「よお、キョン。こっちのシリーズでは、お初だな。ハルヒの親父だ」 大きな手をさし出されて、そのまま握手する。なんか、有無を言わせない人だ。ハルヒに似てると言えば似てる。 「たまにメタなこと言うけど、いいから流して。ほら、会えたでしょ。用が済んだら、さっさと帰りなさい!」 「わかってる。じゃあ、キョン、またな。今度、飯でも食いに来い」 よくわからんが、チャシャ猫みたいなニヤニヤ笑いを残して、ハルヒの親父さんは出ていった。俺からすれば、ほとんど無敵に見えるハルヒも、親には弱いのか。 「何よ?その《びっくりした。ちょっとかわいいところもあるな》的な、なんとも言えない表情は?」 「ああ。なんか、ちょっと分かった。休みの日には、家まで迎えに行くの、嫌がる理由とか」 「んとに、普段にぶいくせに、こういうとこだけ無駄に鋭いわね。……その通りよ。でも、あんたを、ご招待しないといけなさそうね」 そう言われて振りかえると、いつのまにか、恐ろしくきれいな女の人が後ろに立っていた。似てる、この母娘。ハルヒみたいな鋭さはないが、あるいは上手にしまってあるんだろうか。 「あ、はじめまして。俺……」 「ハルに聞いてるわ。キョン君ね。いつもハルがお世話になってます」 「いえ、あの、こっちの方こそ」 「2つもお姉さんなのに、我がままばかり言ってない? 悪気があるわけじゃないんだけど、甘えてるのね。あんまりひどいときは断っていいのよ」 「母さんも、始めて会う相手に、何気に深い話、してるの!?」 「あら、だって私は初めて会うけど、何気に深い仲でしょ?」 ハルヒは何か言おうとしたが、ぱくぱく口を動かすだけで、声にならない。このお母さんもすごい人だな。 「病院の手続きは済んだわ。車と闘ったわりには、奇跡的な軽症ですって。頭も少しぶつけたみたいだから、CTとMRIをやりたいっておっしゃてるわ。今夜はお泊りね。検査の結果、異常無しなら、明日には退院できるそうよ」 「そう」 ハルヒが横向いてぶーたれてる。 「じゃあ、あとは若い人たちでごゆっくり」 「どこのお見合いよ!」 「ふふ。キョン君、ハルが退院したら、その足でうちに来てね。ごちそうするから」 「あ、はい」 この人のやわらかい笑みも有無を言わせない。うーん、やっぱり、ハルヒのお母さんなのか。 ハルヒのお母さんも帰って、俺はハルヒのベッドの横にある丸い椅子に腰かけた。 ハルヒがクイクイとあごを引いてる。俺にこっちに来い、と言ってるのだ。やれやれ。 「別にあごで使おうってつもりじゃないからね」 「わかってる」 《今日の分》がまだだったもんな。 「そう、これこれ。このチューがないと、一日が始まった気がしないわ」 チューとか言うな。聞いてる方が恥ずかしい。 「なに赤面してんの? 毎朝夕にしてるでしょ」 「ああ。朝四暮三だな」 「あたしたち、故事成語に出てくる猿?」 「あ、そうかな?」 「キョン、そこは言下に否定しなさい……って、なにまたポロポロ泣いてるの?」 「え?」 手の甲でぬぐう。本当だ。まただ。 「今日のキョン、ちょっと変よ。あんたこそ、頭打ったんじゃないの?」 「いや、なんか、いつものハルヒだと思ったら……」 「あたしはずーっと涼宮ハルヒよ。すごい事故だと思ったんでしょ?」 「なんていうか、『普通の事故』ぐらいなら、ハルヒ、なんとかしそうだし、なんとかなりそうだから」 「あたしも、赤ちゃんとお母さんの二人を抱えてなきゃ、手を折るなんて醜態は見せなかったんだけどね。ま、悪いのはすべて、あの暴走車だけど」 「轢かれそうになってる人、助けたのか?」 「大雑把に言えばそうね。お母さんだけ助けたら、赤ちゃん亡くしてお母さんは生きていたくなくなるだろうし、赤ちゃんだけ助けても誰が育てるのって話になるから。とっさにそこまで考えたら、両方を抱えて、車の鼻先ぎりぎりを横っ飛びしてたわ。重さの違うものを左右に抱えてたからバランスが悪くてね。ぶざまなことになっちゃった」 「いや、十分すごいぞ、ハルヒ」 「なっ! あんた、なに頭、撫でてんのよ!」 「誉めてるんだ」 「小さい子を誉めるやり方でしょうが!」 「照れてるのか?」 「違う!……そうよ、恥ずかしいの! あんた、ひょっとして面白がってない?」 「ない。これくらいは我慢してくれ。……すごく、心配したんだ。赤ちゃんとお母さんが、どちらか一方をなくしたら生きていけないのと同じくらい……」 「キョン……。あんた、まさか学校から走ってきたの?」 「さすがに途中で気付いて、タクシー使ったけど」 「あんたらしいというか、なんというか……。いっつもあたしより冷静なあんたに、そんな思いさせて悪かったわ」 「悪いのは全部、その暴走車だ。ハルヒは悪くない」 がちゃがちゃといった音が、廊下の方から、しだした。 「お昼ごはんの時間みたいね。あんた、どうすんの?」 「あとで何か食べる」 「あとでなくても、今食べに行ったら? 売店も喫茶室も下にあるって言ってたわ」 「ハルヒ、利き手、使えないんだろ。食べさせてやる。それ終わったら食べに行くよ」 「はあ。……あのね、利き手じゃなくても食べられるように、スプーンか何かついてるわよ。付き添いの居るような怪我じゃないの」 「涼宮さん、お昼、大丈夫?食べられる?」 看護婦さんが声をかけてきた。 「ありがとうございます。食べさせます」 トレイを受け取って、ハルヒのベッドに戻った。箸でおかずをとって、ハルヒの口が開くまで待機する。 「ハルヒ、口、あけろよ」 「あ、あんた、なんて恥ずいことを。どこのバカップルよ?」 「誰かの膝の上に乗って食べるのに比べたら、遥かに普通だ」 「……あんた、素で言ってんのね?」 「もちろん」 「……だったら勝ち目ないわね。わかったわよ!さっさと食べさせなさい!」 「ハルヒ、あーん」 「せめて、あーん、とか言うな!」 「はぁはぁ。……た、食べ終わったわよ! あんたもなんか食べてきなさい!」 「そうする。……いや、そういや弁当がある。いつもどおり二人分」 「あ、そうか。ごめん、当然作ってきてくれてたよね」 「どっかで食べくる。それと、とりあえず、家に電話してくる」 「そういや、あんた、なんで事故のこと知ったの?」 「家からケータイにメールがあって」 「ってことは、母さんが連絡いれたのね、まったく。……授業中だったんじゃないの?」 「ああ」 「ああ、じゃない!無事なのはわかったでしょ。高校生は学校に戻りなさい」 「午後は5,6時限、体育だ。今日は十分走ったから、もういい」 「あんたは良くても、出席日数ってもんがあるでしょ!」 「なんか言うこと、いつもと反対だな。いよいよヤバくなったら、なんとかしてくれ」 「あのね」 「大丈夫なのは、わかった。でも、一緒にいたいんだ」 「……ったく、地頭と素のあんたには勝てないわ。そこまでいうなら、しっかり付き添いなさい! いい?」 「そのつもりだ」 「明日、検査をして……、ま、するまでもないと思うけどね、それで退院らしいけど、それまで付き添うのよ! いいわね!?」 「そのつもりだけど」 「あの、分かってる? こ・ん・や・も、ここに居ろって、言ってるんだけど」 「ナースセンターに断ってきた方がいいか? ここ女性の部屋だし」 「ええと、どうだろう? ……って、あんた本気?」 「骨折ってるなら、その方がいい」 「なんでよ?」 「昔、骨折った時、その日の夜に、誰かに居て欲しかったことがあるんだ。小さかったんで、なんでだったか忘れたけど」 「……そう」 「だから、今夜は付いてようと思ってた」 それから、ハルヒは「寝る」といって目を閉じた。 患部が、折れた右手首と捻挫した左足首が、なるべく腫れないように、心臓より高くするために、吊り下げていたから、ほんとは眠っていなかっただろうと思う。寝相は悪いが、そのくせ(それとも、そのせいか)、体が自由になってないと眠りにつけない質なのだ。 それでも病人が「寝る」といえば、目を合わさないでいる理由、黙っている理由になる。 病室は、さすがに程よく空調がきいていて、おれの方は本気で眠りこんだ。張りつめていたものが、元にもどったせいかもしれない。 「起床!」 ハルヒの声に、ゆっくりと身を起こす。 「付き添いの身で、あたしの上につっ伏して眠るとは、いい度胸ね」 「ああ、ごめん。……夕食の時間か?」 「そうみたいね」 「おまえのトレイを取ってくる」 「任せるわ。無駄な抵抗はしないことにしたの」 「賢明だな」 「今のあんたが言うセリフじゃないわね」 「そうだな」 二人してくすくす笑い、ハルヒの「まぬけ面」の一言をタイミングに立ちあがり、ハルヒの夕食を取りに行った。 昼食と同じようにして、おれは食べさせ、ハルヒは食べた。「あーん」その他は、ハルヒの希望により省略した。 ハルヒは食べ終えると、 「あんたはどうすんの?」 と聞いてきた。 「ああ。弁当が二人分あったろ。昼間は、もちの悪いものだけ食べた。だから、夕食分は残ってる」 「なんて奴。……あんたなら、立派に嫁のもらい手が有るわ。……でも、時間経ってるんだからね、へんな味がしたら吐きだすのよ」 「ハルヒこそ、お母さんみたいだな」 「……あんた、やっぱり、『お父さん』の方がいいの?」 「相手がハルヒならどっちでもいい」 「退場。目を覚ましてきて」 弁当を食べて、病室に戻る途中、ナースステーションに寄って、夜の付き添いの件を話に行った。 「あ、はい。お母さんから聞いてますよ」 「へ?」 「夜も《弟さん》が付き添いますって」 ハルヒのお母さん? 何という的確な読み、何という捌けっぷリ、それに何という策略。多分、俺が夜も残るためにナースステーションに頼みに来ることを見通して、許可と同時に「自重」するようにと「歯止め」まで仕掛けていったのだ。すごいな。 後から考えると黙っていた方がよかったのだが、その時は、ハルヒのお母さんの鮮やかさぶりに驚きつつ感動すら覚えてたので、今したばかりのナースステーションでの会話を、ハルヒにそのまま伝えてしまった。 「な、あ、え、……ったくもう!」 信号機のようにくるくる変わるハルヒの顔を見ていると、妙に幸せな気分になったが、それに気付いたハルヒのギト目に封殺された。 「あんた、このことは他言無用よ」 「誰にも言わないが、何故?」 「とくに親父あたりの大好物な話だから」 絶対からかわれる、とかなんとか、ぶつぶつ言うハルヒ。 「ハルヒ、苦手なのか? 親父さん」 「ち・が・う! 嫌いなの! そこ、間違えないように」 病院の夜は早い。午後10時には消灯となる。 消灯の後、ハルヒの左手を握りながら、おれはまたうとうとしていたらしい。 ハルヒの握る手の力が増し、俺は目を覚ました。 目の前には、歯をくいしばり、額に汗を浮かべてるハルヒがいた。普段のこいつなら、絶対にこんな顔は見せない。 「! 痛むのか、ハルヒ?」 「けっこうね。骨折の痛みは、時間差で来たりするのよ。再生する前に破損したところを取り除かないといけないから、免疫細胞がそういうのを破壊してるの。免疫細胞が集まってきて活動しだすと、血流も増えるしね。炎症するってのはそういうこと。創造のための破壊ね」 「ナースコール! 鎮痛剤ぐらい出るだろ」 「待って。どうせアセトアミノフェンくらいしか飲めないわ。炎症を抑えるのは、治るのを邪魔するみたいなもんだし、ヘタすると内出血が余計ひどくなるの」 「でも……」 「ナースコールはいいから……ダッコして」 「ハルヒ……」 「あんたのは、ヘタな麻酔銃くらいの威力があるわ、ほんとに」 「わかった。……これでいいか?」 「うん。……ほら、落ち着いたでしょ。不安や気分が沈んでると、余計に痛く感じるの。だから夜一人になりたくなくて。無理言ってごめん。痛くて泣きごと言ってるところなんて、ほんとは見せたくないんだけど」 「ハルヒのお母さんはああ言ってたけど、こんなときぐらい甘えろよ」 「……甘えてるわよ……いつも」 「だったら、なおさらだ」 病院の夜は早く、したがって朝も早い。午前6時には検温があり、7時には朝食だ。 そして、どちらかと言えば、俺は朝が強い方ではない。 「……やれやれ。さすが母さんというべきか、恐るべきハルキョンと言うべきか? おーい、尋ねてるんだから、どっちでもいいから答えろよ」 つい最近、聞き覚えたばかりの声で目が覚めた。よくこのタイミングで起きたと思う。 その声に反応したのは、できたのは、もちろんハルヒの方だった。 「オ、オヤジ!? 何入ってきてんのよ。ここは女性用の病室だって言ったでしょ!寝こみを襲うなんて何事よ!」 「ついでにいうと、ここは6人部屋だ。仲が良いのはよく分かったが、周りの人の安眠も考えて、もう少し自重しろ。それと、もうすぐ検温の時間だ。看護婦さんに生あったかい目で見られるのが嫌なら、その《抱き枕》、隠しとけ。……と、以上が、母さんから夕べ預かったメッセージだ。母さんならもっとスマートにやるんだろうが、おまえも知っての通り、母さんは朝が弱い。だから代理で来た」 「みなさーん、検温ですよ」 「ほら、来たぞ。まったく俺の方こそ熱を計ってもらいたいくらいだ」 そして《抱き枕》こと、おれは、ハルヒの左手によってむしりとられ、親父さんに引き渡された。そのときのハルヒのセリフはこうだ。 「どっかに隠しといて」 「男親に頼むか、ふつう?」 「言っとくけど、傷ひとつでもつけたら、承知しないからね! あと、検温が終わったら、速やかに返却! 朝ご飯食べなきゃならないんだから……」 「……だとよ。行こうか、キョン。ちゃんと捕虜の扱いに関するウィーン条約にのっとった扱いをしてやるから、心配するな」 ハルヒ先輩9へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2673.html
第六章 「これは・・・」 俺はいつの間にか幾何学文字の浮かぶ空間からも、平行世界からも抜け出て、元の長門の部屋にいた。 「まさか、あちらでの三日間がこちらでは半日にも満たないとは驚きですね」 古泉は自分の手を眺めて言った。今の俺たちの脳内には二つの記憶が混合しているため、体内時計が悲鳴を上げている。 「あれ?あたし部室にいたと思ったのに・・・でもこっちにもいたような気が・・・」 ハルヒも混乱しているみたいだったが、 「そうよ!有希っ!」 長門のことを思い出して和室に駆け込んだ。 予想に反して、長門はけろりと布団の上に置物のように立っていた。 「あなた熱があるって言ってたのに、寝てなくていいの?」 「・・・・・・」 なにも言わずに長門は俺の顔を見た。俺は迷惑かけた、すまんという意を込めて軽く頭を下げた。古泉と朝比奈さんもそうしているようだ。 「もう、へいき」 と長門は言うが、いつかの別荘事件のときのようにハルヒは無理矢理寝かしつける。 「明日また来るから、しっかり寝てなさい。わかった?」 これには長門も観念したらしく、おとなしく布団に入った。 「本当にすまなかったな」 俺は長門にだけ聞こえるように言って部屋を後にした。後にしてから気づいたが、いつの間にか佐々木がいなくなっていた。 マンションを出た後、ハルヒは朝比奈さんを抱えて俺たちと別れた。 「涼宮さんの力で元の世界に戻る、とはよく決行しましたね。僕は彼女には力がないと言いましたのに」 こいつ本来のスマイルになった古泉がつぶやく。 「そんなこと忘れてたさ。ただ、あの世界はハルヒの異世界人がいてほしいという願望で作られていて、なおかつ俺のこと、ここではジョン・スミスだが、そいつを異世界人だと思ってるんじゃないかと考えただけだ」 「どうです?僕の代わりに涼宮さんの監視役となるのは」 全身全霊をもって、お断りする。そんなことより佐々木を頼むぞ。 「ええ。あちらでも頼まれたことですが、忘れてはいませんのでご安心を」 人畜無害な微笑みを備えた超能力者モドキは、そう言って去って行った。 さて俺も帰るかと振り返ると、そこには佐々木がいた。 「お邪魔かと思ったので先に出ていたよ」 そいつはすまなかったな。 「僕が謝られる立場ではない。それと、言っておかなくてはならないことがある」 なんだ? 「何故、彼女らがキミたちを狙ったのかわかるかい?」 知らないし、知りたくもない。が、ここは聞いてやろう。 「何故だ?」 「涼宮さんに存在する神のような力を僕に植え付けようとしたみたいなんだ。そしてコピー体だったキミたちを消滅させればもう元の世界には帰ることができない。そのまま力は僕へ・・・そういう算段だ」 「・・・・・・」 俺は黙っていた。 「じゃあなんで俺を刺そうとしたんだって顔だね。言い訳にしかならないけど、僕はそうしなければいけなかったんだ。信じられないかもしれないが、僕は未来の映像を見せられたんだよ。あの藤原と名乗る人にね」 てことは、時間移動で未来に跳んだのか。 「その口ぶりじゃ、キミも体験したことがあるみたいだね。例の朝比奈さんて方かな?」 相変わらず鋭い。その通りさ。 「とにかく、僕は未来でキミを刺そうとする自分を見た。驚愕したよ。自分が人に刃物を向けることなんて一生ないと思っていたからさ。そこで僕は彼にこう言われた。『おまえがこうしなければ、あいつは還ってこない』とね」 それって、あの憎たらしい未来人が俺たちを助けたってことか? 「と言うよりは、僕に選択の権限を委託したということだろう。どちらにしても、キミの彼に対する印象は芳しくないようだし、これを機に改めてみてはどうかな」 どういう風の吹き回しだ。やはりあいつは協力する気はなかったってことなのか? いくら考えてもあの未来人の考えてることなんざ細胞の核ほどもわかるはずもない。 「それにしても、よく戻ってきてくれたよ」 俺は異世界での出来事を遡りながらこう言った。 「向こうの世界でおまえとの会話の幻覚を見た」 佐々木は意外そうな顔をした。 「元に戻るためのパスワードを俺は一度間違えた。本当ならそこでアウトだったんだろうが、そこで中坊んときのおまえとの会話の幻覚を見たんだ。おまえなんて言ってたかわかるか?」 「さあねぇ。なんと言っていたんだい?」 「『今のままでいい。平和でいたい』って言ってたんだ」 佐々木は思い出したようだった。宇宙人も未来人も超能力者も知らない、過去の自分の姿を。 「やはり、今の僕はどうかしていたようだ。こんな非日常な事態を楽しんでいるなんて」 「そいつは違う」 俺は即座に否定する。 「俺らはおまえの心の中に閉じ込められてたんだ。その世界は宇宙人も未来人も超能力者も変な改変能力を持った女も誰一人としていなかった。間違いなくおまえの本心が望む世界があった。さっき言ったエラーも、きっとおまえが俺たちを助けようと無意識にねじ伏せたんじゃないかって俺は思う」 「嘘でもそう言ってくれるのはありがたいよ」 嘘じゃねぇよ。思ったままの感想を述べただけだ。 「もう僕はキミに頭が上がらないな」 笑いながら佐々木は言った。 「そう言うな。俺とおまえはいつでも平等な立場の親友さ」 「・・・・・・」 佐々木は絶句していた。俺だってこんな歯の浮くようなこと二度と言う気はないぜ。 「キミからそんなことを言ってもらえるとは、少しは事件に加担した意義もある」 おいおい。 「冗談さ。それじゃあまた同窓会ででも会おう」 すっかり自分のペースを取り戻した佐々木は、住宅街へと消えた。 これで安心して俺も帰れるな。 エピローグへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5987.html
※注意書き※ 涼宮ハルヒの驚愕γ(ガンマ) のγ-7の続きとなります。 思いっきり驚愕のネタバレを含むので注意。 γ-8 翌日、火曜日。 レアなことに、意味もなく定時より早く醒めた目のおかげで、俺は学校前の心臓破り坂をのんびりと歩いていた。日々変わらない登校風景にさほど目新しさはないが、一年生らしき生徒どもが生真面目に坂を上っているのを見ると去年の自分の影がよぎる。 そうやってのびのび登校できんのも今のうちだぜ。来月にでもなりゃウンザリし始めることこの上なしだからな。 ふわあ、とアクビしながら、俺はやはり無意味に立ち止まった。 突然にSOS団に加入してきた佐々木、その佐々木を神のごとく信仰する橘京子、そして、何をしでかしてくれるか予測すらつかない周防九曜。 さて、これから何がどうなるのかね? 「ふむ」 俺は生徒会長の口調を真似てみた。考えていても前進せんな。まずは教室まで歩け。そこで団長の面でも拝むとしよう。俺の学校生活はそうせんと始まらん。いつしかそういう身体になっちまった。 その日の授業中、ハルヒはロープで繋いでおかないと宙に舞い上がりかねないほどソワソワした機嫌を維持していた。そのお眼鏡に適う新入団員を得られたのがよほど嬉しいようだ。 その日の昼休みも、ハルヒ謹製弁当と俺の母上作弁当との間の強制的おかず交換が実行され、クラスの連中から好奇の視線が向けられた。 ハルヒよ。これずっと続けるつもりか? 一緒にメシ食うぐらいならともかく、こんなことを毎日やっていたら本気で勘違いする奴が出てくるぞ。 校舎中のスピーカーが本日の営業終了を伝えるチャイムを鳴らし終えるとほぼ同時に、ハルヒは俺の腕をつかみ教室からすっ飛んで行った。目指すは、当然、我らが文芸部室である。 俺と古泉はUNOで対戦、朝比奈さんは部室専用メイド、長門はいうまでもなくいつもどおり。 ハルヒはパソコンを立ち上げるとなにやら印刷し始めた。 やがて、佐々木がやってきた。 「やあ、待たせたね、キョン」 おいおい、いくらなんでも早過ぎないか? 佐々木の学校からここまで来るには結構時間がかかるはずだが。 俺にしか聞こえない小声で古泉が答えた。 「『機関』から送迎の車を回してます。橘さんの依頼もありましたしね」 なるほど、そういうことか。 「団長に挨拶なしというのは、どういうことかしら?」 ハルヒがまるで姑が嫁をいびるかのようにそう言った。 「ごめんなさい。うっかりしてたわ」 「次からは気をつけなさい」 そして、唐突にこう宣言した。 「これから、佐々木さんには入団試験を受けてもらいます。今はあくまで仮入団段階。試験で落第点をとったら退団となるので、心して受けるように」 「おや、それは初耳ね」 いつものごとくハルヒの突発的思い付きだろう。 ハルヒは、ちょうどいい暇潰しネタを見つけてしまったようだ。佐々木も災難だな。 プリンタから吐き出された紙が一枚、佐々木に手渡された。 「試験は、ペーパーテストよ。制限時間は三十分。文字制限はなし」 そして指し棒をスチャッと伸ばし、 「始め!」 佐々木は、机に向かって、シャープペンを動かし始めた。 俺は、ハルヒが余計に印刷してしまったらしい紙を手に取ると、書かれている内容を確認した。 ・Q1「SOS団入団を志望する動機を教えなさい」 ・Q2「あなたが入団した場合、どのような貢献ができますか?」 ・Q3「宇宙人、未来人、異世界人、超能力者のどれが一番だと思うか」 ・Q4「その理由は?」 ・Q5「今までにした不思議体験を教えなさい」 ・Q6「好きな四文字熟語は?」 ・Q7「何でもできるとしたら、何をする?」 ・Q8「最後の質問。あなたの意気込みを聞かせなさい」 ・追記「何かすっごく面白そうなものを持ってきてくれたら加点します。探しといてください」 これのどこがテストなんだ? 単なるアンケートだろ? それでも、佐々木は真面目に取り組んだようで、回答はA4用紙表裏2枚にわたる大作となった。 ハルヒは渡された回答用紙を読み終わって、 「まあ、及第点ね」 ハルヒは回答用紙を適当に畳んでポケットに収めた。 「おい、俺にも見せろ。あんな問題でどうやって4ページにわたる大作論文が書けるのか興味がある」 「それはダメ」 にべもない返事だった。 「守秘義務に反するわ。個人情報でもあるし、やたらと見せるわけにはいかないの。これはあたしが決めることだから、あんたに見せても意味がないってわけ」 よく輝くデカい瞳で俺を睨み、 「特に興味本位のヤツにはね。団員の選定は団長の仕事よ」 団長は断固拒否の態度を崩さなかった。 その後、俺は、朝比奈さんの豊潤な芳香立ち上るお茶で満たされた湯のみを片手に、UNOで古泉に連勝し続けた。 無事テストをパスした佐々木は、朝比奈さんとお茶の薀蓄を語り合っている。 さりげなく長門に目を向けてみた。 読書を続ける文芸部部長は、椅子から一ミリも離れず不動たるノーリアクションのままである。 長門が無変化で無言の体勢を崩していないということは、何の問題も起きていないということでもある。少なくても、あの九曜に動きはないようだ。 いつものように長門が本を閉じるのを合図として、団活は終了した。 昨日と同じように佐々木と帰路を共にすることになったが、いくら訊いても入団試験の回答内容は教えてくれなかった。 「団長の意向に逆らったら、退団させられるかもしれないからね」 佐々木の顔は、どう見ても自分の言葉を信じているようには見えなかった。 わざわざ学外の人間を入団させたんだ。ハルヒは、佐々木をそう簡単に退団させたりはしないだろう。 そのことは、佐々木も分かっているようだった。 γ-9 翌日、水曜日。 これが一時的なのか、この後も続いて加速度を増すのか、とにかくポカポカ陽気は春を超えて初夏というべき気候にホップステップという感じでジャンプアップを遂げていた。そういや去年もこんなんだったような。 どうやら地球はどんどんヌクくなりつつあるようで、それが人類のせいなんだとしたら早いとこなんとかしないと、シロクマや皇帝ペンギンから連名の抗議文が全国各地の火力発電所気付で届くに違いない。字の書き方を教えに行ってやりたい気分だ。 そんなわけでこの朝、登校ナチュラルハイキングに甘んじる俺のシャツは早くも汗で張り付くようになってきた。隣の芝は青々と茂って俺の目にうすら目映く、それにつけても冷暖房完備の学校が憎くてたまらん。 今度会ったら生徒会長に注進してみたい。実際的な予算の有無はともかく、喜緑さんの宇宙的事務能力ならエアコンの二十や三十、たちどころに設置完了となるかもしれない。 俺の足取りはいつものペースだが、多少早歩き気味なのは無常な校門が閉ざされてしまう時間ギリギリであるせいである。 いつものことなんだが、余裕をもっての登校がついぞ実行できてないのは、家を出発する時間がおおむね決まっており、遡れば起床の時間も一年から二年になっても変化していないという事実をもってその答えとしたい。 一回間に合いさえすれば、次からも同じ時間での発走となるのは、実は人間が持つ経験値蓄積の結果と言うべきだろう。用もないのに早朝の学校に行きたがる生徒なんざ、ボロ校舎に倒錯的な趣味を持つフェティシズムの持ち主だけさ。 本日、通学路の途中、毎度のことながらひいひい言いつつ坂道を上っていると、背後から意外な人物の声がかかった。 「キョン」 国木田だった。俺の後を急いで追ってきたんだろう、国木田は荒い息を吐きつつ、 「佐々木さんがSOS団に入ったそうだね」 なんでおまえが知ってるんだ? 「昨日、校内でばったり会ってね。あまり話す時間はなかったけど、中学時代と変わってなかった」 まあ、そうだな。 「でも、佐々木さんもキョンも最近、九曜さんと知り合ったと聞いたときには驚いたよ。こんな偶然もあるのかなって」 おいおい、なんでおまえが九曜を知ってるんだ? 「谷口の元カノだよ」 前に言ってたクリスマス前に交際が始まって、バレンタイン前に振られた彼女か? 驚いた。それは、本当に偶然なのか? 「世間は意外に狭いってことなんだろうけどね。ただ、谷口には悪いけど、九曜さんに最初に会ったとき、関わり合いにならないほうがよいと直感したんだ。なんか普通の平凡な人間とは違うような気がしたから」 鋭い────。とも言えないか。あの九曜を見てうさんくささを感じないまともな人間がいるとも思えんからな。国木田の感想は至極まっとうなノーマル人間のそれだろう。 「僕なら彼女と付き合ったりはしないね。谷口くらいのものさ。でさ、実はね────」 声をひそめた国木田の顔が接近した。 「ちょっと言いにくいんだけどさ。僕は似たようなことを朝比奈さんや長門さんにも感じるんだ。 気のせいだとは思ってるんだけど、どこかが違う。けれどあの鶴屋さんが足繁くキョンたちの輪に入っていることを考えると、それは警戒するものでもないだろうとも考えるんだけどね。 いや、ごめんよ、キョン。気にしないでくれよ。一度言っておきたかったんだ。SOS団でまた僕の活動が必要なときはいつでも声をかけて欲しいね。できたら鶴屋さんと一緒がいいな」 その後、教室まで、俺と国木田はどうでもいいような日常的会話に終始した。国木田は言うだけ言ってそれっきりすべての興味をなくしたように、中間試験の心配や、体育の授業でする二万メートル走への愚痴を語っていたが、なかなか見事な日常話題への切り替えだった。 こいつはこいつで俺にライトなアドバイスをしてくれているつもりなのか。特に鶴屋さんへの言及は、漠然としながらもなかなか核心をついた洞察力だと言わざるをえないだろう。 ここにも俺たちをよく解らないまでも心配の種としている同級生がいるわけだ。何しろ国木田は俺と佐々木を知っている唯一のクラスメイトだしな。俺たちの間に何か奇妙かつ歪んだ関係性めいたものがあると感づいていてもおかしくない。 聡く、親身になってくれる友人を持って俺はなんと幸せ者か。テスト前のヤマ張りでもお世話になっているし、中学時代からの付き合いでもあることだし、そろそろハルヒにかけあって単なるクラスメイトその一以上の認識を与えるべきだろう。 ただし谷口は除かせてもらうがな。奴には永遠の一人漫才師がお似合いだぜ。 きっと国木田もそう思っているのだろう。だから、先ほどのようなセリフを俺たち二人しかいない、このタイミングで俺に吐露したんだ。 どうも俺の周辺の一般人ほど、なんだか妙に勘がさえてくるみたいだな。誰の影響だろう。 午前午後の学業時間はこれということなく進行し、俺が授業の半分くらいをうつらうつらしている間にいつのまにか終業のチャイムが鳴っていた。 なお、本日の昼休みもハルヒ謹製弁当と俺の母上作弁当との間で強制的おかず交換がなされたことを付言しておく。 放課後。 ハルヒとともに団室に入った俺は、鞄を床に置き、古泉の向かいに座った。 「どうです? 一局」 古泉が、テーブル上の盤を俺のほうに寄せてくる。 「なんだ、これは」 一風変わった盤上に丸い石。刻まれている漢字は『帥』とか『象』とか『砲』などの、動かし方の検討もつかないチャイニーズミステリアスな様相を呈する駒だった。 オセロでも囲碁でも軍人将棋でも連戦連敗の古泉め、今度こそ勝てそうなボードゲームを搬入してきたということか。 「中国の将棋です。象棋(シャンチー)とも呼ばれていますね。ルールさえ覚えたら、気軽に誰でも楽しめますよ。たいして難しくはありません。少なくとも大将棋よりは手短に終わるでしょう」 そのルールさえ、という部分が問題なのさ。そいつを覚えるまで俺は連戦連敗の苦汁を舐め続けるに決まってるじゃないか。花札にしないか? オイチョカブでもコイコイでも母方の田舎ではちょいと鳴らした経験がある。 「花札は盲点でしたね。いずれ持参しますよ。それでこの象棋ですが、チェスや囲碁将棋と同じでゼロサムゲームだと解っていれば、それで充分です。あなたならたちまちのうちにルールを飲み込めます。 差し掛けの囲碁の盤面を見て、あっさり勝敗を看破できる実力があれば鉄板ですよ。これもボードゲームとしては運の要素があまりありませんから、あなた向きだと思いますよ」 余裕の笑みを浮かべ、 「では、最初は練習ということで、初戦は勝敗度外視でいきましょう。まずこの『兵』いう駒の動かし方ですが──」 俺は古泉に教えられるまま、駒を並べ、それぞれの動きの把握にかかった。将棋に近いが細かい部分はけっこう違う。まあチェスやオセロにも飽きていたことだし、新しいボードゲームに親しむのも悪くはないかな。 「お待たせしました」 天使のような声色とともに、お盆に湯飲み載せた朝比奈さんが視界の中に入ってきた。 「ルイボス茶といいます。カフェインゼロで健康にいいそうです」 朝比奈さんから湯飲みを手に取り、赤茶けた液体を一口すすり、同様の行動をとった古泉と数秒後に目が合った。 「……風変わりな味ですね」 微苦笑とともに感想を述べた古泉とまるごと完全に同感である。決して不味くはない。かといって刮目するほどの美味さでもない。むしろ口に合わない、妙な風味がする。 これなら煎茶や麦茶のほうが忌憚なくがぶ飲みできるだろうが、正直に舌の具合を報告するには俺はちと小心者すぎた。 「違うのとブレンドしたほうがいいかなあ?」 朝比奈さんはさらなる改良を思案しているようだった。 そこに佐々木がやってきた。 ハルヒは、佐々木がやってくるなり、 「佐々木さん、パソコン詳しい?」 「人並み程度だけど」 「そう? じゃあ」 団長机に鎮座するコンピ研印のパソコンディスプレイには、例のSOS団ウェブサイトが、かつて俺が作った状態のまま表示されている。 もちろんショボいレイアウトにチャチなコンテンツと、意味のある文字列などメールアドレスしかないという、今時日進月歩で進化し続けるネットの世界において、ほとほと時代遅れなホームページであると言わざるをえない。 ブログ? 何それ? って感じのデジタルデバイトっぷりである。 そのうちリニューアルすべし、とハルヒの意気だけは高かったが、もっぱらその役目は俺に任じられており、そしてそんなもんはまったくする気のなかった俺はなんやかんやと理由をつけて先延ばしにし続けていたわけで。 実際、SOS団の名がネットワークに流失して誰一人幸福な結果になりそうにないというのは、去年のコンピ研部長の件でも明らかだったため、ハルヒには適当に忘れていて欲しかったのだが。 アクセスががんがん増えてネット内知名度を高める野望を未だ捨てきっていなかったらしい。 もちろんハルヒは長門がロゴマークに細工したことを知らないし、気づいてもいない。 「サイトをもっと人目を呼ぶようなのにしたいだけど、できるかしら?」 と、ハルヒは付けっぱなしのパソコンモニタを指さし、 「SOS団のメインサイト。キョンが作ったきりのまるで殺風景な役立たずな代物なのよ。なにより美しくないわ。世界にはもっとスタイリッシュで情報満載なサイトがたくさんあるっていうのに、これじゃワールドワイドウェブの名が泣くというものよ」 悪かったな。 「ご期待にそえるかどうかは解らないけど、やってみるわ」 古泉と象棋に集中している間も、俺は他の団員の様子をちらちらと窺っていた。 長門は本を読んでいる。黙々と読んでいる。新しい団員が増えたところで所詮それは文芸部の新戦力ではないと達観しているのか、一年前からこの部室での態度はアイスランドの永久凍土のように不変だった。 膝に置いている単行本がやや薄茶けているが、古本屋から掘り出し物を入手した稀覯本なのかもしれない。こいつの行動範囲も市立図書館から広がりつつあるのか。 寂れた古書店を巡ってふらふらした足取りで本棚から本棚へと移動している長門を想像し、俺の精神はどことなく落ち着いた。 佐々木にウェブサイトデザイナーの才能はなかったらしく、SOS団ホームページは結局はあまり前と変わり映えしない感じに落ち着いた。佐々木に言わせれば細かい点ではいろいろと改良されたということらしいのだが、見た目では解らん。 帰り道。 俺と佐々木の今日の議題は、国木田が朝、話していたことだ。 周防九曜について、佐々木の率直な意見を聞いてみたかった。 「九曜さんについては、僕もいろいろと試行錯誤しながら考えてみたんだけどね」 佐々木はそう前置きしてから、 「僕は子供の頃から、地球外生命体がいるのなら、いったいどんな姿形をしているのかと想像していた。小説やマンガでは、光学的に視認できる形状のものが多かったし、ある程度の意思疎通も可能であることが前提条件だった。 たとえば素数の概念を理解してくれたりね。翻訳機という便利なアイテムが登場することも稀ではなかったな」 そこから始まる宇宙的対話がキモであるSFは枚挙のいとまがない。これでも俺は長門の影響で最近の小難しい海外SFを多少はたしなんでいる。フィクションから学ぶことだって多いのさ。 「ま、それはそれで置いとくとして、長門さんの情報統合思念体や、九曜さんの広域帯宇宙存在については、どうやら人間の紡ぐ解りやすい物語上の異星人とは根本的なズレがあるように思える」 火星や水星にヒューマノイドタイプの宇宙人がいたと書いていた前時代のSF作家たちに聞かせてやりたい言葉だ。たぶん当時よりもっと面白い物語活劇を書いてくれだろうにな。 「そうだね。SFに限定することもなく、例えばJ・D・カーがこの時代に生きていたら、現代技術を取り込んだ奇抜で新機軸な密室トリック小説を大量に生み出して、僕を読書の虜にしてくれたものなのにね。 いっそカーを時間移動で現在に連れてこられないものだろうか。キミの朝比奈さんに頼んでみてくれないかな。真剣にそう思うよ」 残念だが俺だって過去に連れて行かれたことがせいぜいで、未来には行けてない。きっと禁則事項やら何やらで、進んだ時間の世界には行けないことになってるんだろう。 「それは余談だけどね。思うに、彼女たちは僕たち人間の価値観と理屈が理解できないんじゃないかな。 高次元の存在が無理矢理、人間のレベルまで降りてきているわけだから、何を話しているのかは解っても何故そんなことを話しているのか解らない。あるいはどうしてそんな話をする必要があるのか解らない、みたいにね。 5W1Hのうち、誰とどこは判断できても残りが全然ダメだとしたら、そんな存在とまとな対話ができると思うかい?」 思わないね。長門の言ってることすら納得不能に近いのに、九曜に至っては5W1Hのどれも噛み合わない感じだ。 しかし、佐々木は、 「この手のコミュニケーション不全は特に難しい問題ではない。たとえばキミはミジンコやゾウリムシの価値観を理解できるかい? 百日咳バクテリアやマイコプラズマと一緒に談笑できると想像できるかな?」 俺の知能ではちと難しいことは確かだな。 「単細胞生物やバクテリアが人間レベルの知能を獲得したとしても、きっと同じ感想を抱くと思うよ。この二本足で歩く哺乳類はいったい何がしたくて生きているんだろう。人類はこの惑星と世界をどうしたいのか、と疑問以前に呆れるかもしれないな」 俺自身、何がしたくて生きてるのかなんて考えても解らんからな。全人類的に考えて圧倒的多数派であるとは信じているが。 「たとえばキョン、キミにとって一番大切なものは何だい?」 突然言われても、とっさには出てこない。 「僕もだよ。高度に情報の錯綜する現代社会において、価値観が定量化されることはまずないといっていい」 佐々木の表情と口調は変化しない。 「たとえば、ある人にとっては金銭かもしれないし、情報だと言う人もいるだろう。別の人は絆こそが最も大切だと主張するかもしれない。 それぞれ全然別の価値基準を持っているものだから、自分の価値観のみでこの世のすべてを判断することはできない────と、僕もキミも知っているだけの話さ。だからこそ、問われてすぐさま回答を出すことができないわけだ」 そうかもしれない。 「でも昔の人はそんな問いかけにそれほど悩まなかったと思うよ」 そうかもしれない。 今でこそ情報は好きなときに好きなだけごまんと手に入る。しかしほんの百年、いや十年前でさえ入ってくる情報は限られていた。これが戦国時代、平安時代ともなるとどうだ。 何かを選ぶことに対し現代人より躊躇いは深いものだっただろうか。当時、選びようにも選択肢は限られていたにちがいない。 多様性を増して選ぶ自由が増えたと言っても、逆に何を選べばいいのか悩むのであれば、むしろそれは多様化による選択の弊害になるんじゃないか? どれを選ぶべきなのか何の情報もないとき、人はより多くの人間が選ぶものを手に取るだろう。 それだと本末転倒だ。多様化どころか、実は一極集中が進んでいることになる。価値観の均一化だ。 「どうも異星人たちは拡散よりも均一化を正常な進化と考えていたようなんだ」 佐々木の声は常に淡々としている。 「でも、どうやら違う側面もあると気づいた気配があって、それはたぶん、涼宮ハルヒさんやキミと出会ったことがきっかけになっていると僕は推理するのだがね」 ハルヒはいい。あいつなら火星人に大統領制を承認させるくらいのことならやってのけるさ。しかし、俺にそんなバイタリティはないぜ。 「いやいや、実際、キミはたいしたやつだ。橘さんから聞いた話だけでもね。さすがは、涼宮さんと僕が選んだ唯一の一般人だ」 今の俺の意識は選民意識とはほど遠い地点にある。そんな自信満々に言われてもただ困惑するだけだ。選ぶだの選ばれただの、何なんだよそりゃ、と言いたい。叫びたい。 長門や古泉や朝比奈さんが俺を特別視したがっているのは解っているし、俺だってそこそこの覚悟を持っている。去年のクリスマスイブに腹をくくったさ。それは今でも作りたての豆腐のように心の深奥に沈んでいる。 ハルヒの無意識が何かをしでかした結果として俺がこんな立場に置かれているのは渋々ながらも認めざるを得ないとして、佐々木、お前までもが俺を選んだと言うのはどういうことだ。 ハルヒは徹底的に無自覚なはずで、お前はそうじゃない。神もどき的存在であるという、ちゃんとした自覚があるはずだ。理解しているんだったら教えてくれ。 なぜ、俺を選ぶ。 「ふっ、くく。キョン、キミの鈍重なる感性には前から気を揉ませてもらっていたが、この期に及んでまでそんなことを言うとはね」 愚弄しているのではなく、単に呆れているだけのようだった。 「まあ、それはともかくとして、キミの類稀なる経験を今回も生かしてもらいたいと思う。できれば、話し合いで解決してほしいね」 相手にその気があるのならな。 問題はその相手が何を考えてるのかすら解らないことだ。いきなり武力行使に及ぶ可能性だって否定できない。 相手がそうしてきたら、もう長門に頼るしかない。宇宙人的パワーの前には俺なんてミジンコ以下だろうからな。場合によっては、喜緑さんにも出張ってもらおう。 佐々木は、別れ際にこう言い残した。 「キョン。団共有のパソコンにMIKURUフォルダなんて隠しフォルダを設けるのは、あまり感心しないね。そういうのは、自分専用のパソコンでこそこそやるものだ」 驚愕の俺の顔を置き去りにして、佐々木は颯爽と去っていった。 γ-10 翌、木曜日。 朝から夕方まで普通にルーティーンな授業を受け続ける時間が、ひねもすが地を這うごときにだらりんと続き、ホームルーム終了の合図でようやく俺とハルヒは五組の教室から自由の身となった。 俺とハルヒは一目散に教室を飛び出した。言っておくが俺はあくまで団長殿に腕を引っ張られての強制連行に近いのだぜ。そこだけは勘違いしないでいただきたい。 そうしてハルヒと肩を並べて文芸部室まで行く道のりもいつも通りなら、学内の春的雰囲気も普段どおりである。四月も半ばとなるとすっかり春という季節に飼いならされちまう。 さすがは四季、頼みもしないのに律儀に毎年現れて、悠久の歴史で地球上の生物をコントロールし続けるのも伊達ではないと言ったところか。 だが、毎日毎日、何もかもいつもどおりというわけではなく、 「あっ、涼宮さん。長門さんと古泉くんは今日は用事があって来られないそうです」 部室のドアを開けるなり、メイド姿の朝比奈さんが駆け寄ってきてそう言った。 「そう。なら仕方ないわね。今日は団活は休みにしましょ。佐々木さんにはあたしからメール入れとくわ」 ハルヒはそういうと身を翻して帰っていった。少々残念そうな顔だったな。 解るさ。いつものメンバーが揃わないと団活にならんからな。 メイド服から制服にお着替え中の朝比奈さんを残して、俺も帰路についた。 学校の玄関に到着した俺は、機械的かつ習慣的な動作で自分の下駄箱を開けた。 「ぬう?」 ずいぶんと久しぶりな物体が、揃えた外靴の上に載っていた。 ただし、いつぞやのものとは違って無味乾燥な封筒。宛先も差出人の名も書いてない。 封をあけると、一枚だけの便箋に印刷したかのような明朝体の文字が躍っていた。 ────本日、私の部屋にて待つ。 差出人はいうまでもないだろう。 俺は、すみやかに靴を履き替えると、長門のマンションに直行した。 すっかり馴染みになってしまった長門の部屋。 そこにそろったのは、俺、長門、古泉、喜緑さん、そして、橘京子だった。 いまさらこのメンバーが勢ぞろいしたところで驚きはしないさ。それぐらいの耐性が備わってるつもりだ。 「わざわざご足労いただきすみません」 古泉がいつものスマイルを崩さずに、社交辞令を述べる。 「さっさと本題に入ってくれ。このメンバーで話し合いってことは、なんかあったんだろ?」 「はい。実は、『機関』と橘さんの組織、両方で佐々木さんをSOS団から引き剥がそうとする動きが起きてます」 対立する組織で同じ動きが起きるというのは、奇妙なことだ。 古泉は、それとなく、橘京子に続きを促した。 「組織の中で、佐々木さんがそちら側に取り込まれてしまうことを懸念する勢力が増えているのです」 考えてみれば、それは当然だろうという気はする。 「おまえ個人の意見はどうなんだ?」 「私は、このまま佐々木さんをSOS団に留まらせるべきだと思います。聡明な佐々木さんなら、涼宮さんを近くでじっくり観察すれば、神の力を彼女に保持させ続けることの危険性を理解できると思うのです」 その言葉に嘘はないだろうと、俺は思った。橘の立場ならば、そういう判断もありだ。 「で、『機関』の方は、なんで佐々木をSOS団から引き剥がそうとしてるんだ?」 「佐々木さんの加入以来、涼宮さんの力が活性化しています。ポジティブな方向での活性化ですが、それでも活性化していることには違いありません」 確かに、最近のハルヒは機嫌がいいというか、何か張り合いみたいなのが出てきたというか、ポジティブな方向への変化は見られる。 「このままでは、秋に桜の花が咲いたりといった異常事態が頻発する恐れがあります。ひいては、世界そのものが改変されてしまうかもしれない。まあ、こんなふうに考える人たちが増えてるんです」 『機関』の役目は、ハルヒの訳の分からない力を抑えて、世界がこねくり回されることを阻止すること。 だとすれば、ハルヒの力の活性化原因を除去しようという動きは当然のことだ。 「おまえ個人の意見はどうなんだ?」 「僕は反対ですね。佐々木さんを無理やり引き剥がせば、涼宮さんの力がネガティブな方向に発現されかねません。まず、間違いなく閉鎖空間が頻発するでしょう。それを抜きにしても、SOS団の意思を無視して事を進めることには賛成いたしかねます」 「なんとも奇妙な話だな。敵対する組織同士の利害が一致して、敵対するはずの個人同士の利害も一致しちまった。そして、組織と個人は対立してる」 「僕たちの世界じゃ、別に珍しいことではありません。利害が一致すれば手を組み、反すれば手を切る。普通のことです」 「それじゃ、俺はおまえを信用するわけにはいかなくなるぞ」 「問題は、どこに基本軸を持つかということですよ。僕の基本軸はSOS団にあります。橘さんにとってのそれは、佐々木さんでしょう」 橘が無言でうなづいた。 古泉がいいたいことは、僕とあなたの基本軸は同じですといったところなのだろう。 まあ、その点に関しては、古泉を信用してやってもよいとは思っている。 「僕が気になるのは、現状が変化するとして、情報統合思念体がどう動くかです。長門さん、そこのところはどうでしょうか?」 「情報統合思念体主流派は、涼宮ハルヒの情報改変能力の肯定的な方向での活性化を好ましいものと考えている。それを妨げる行動は阻止することになると思われる」 「穏健派のご意見は?」 これには、喜緑さんが答えた。 「穏健派は、涼宮ハルヒの情報改変能力の否定的な方向への変化を望んではおりません。それは、情報統合思念体の存立を危うくする恐れがありますから。よって、それを誘発する可能性がある動きに対しては否定的にならざるをえません」 少なくても、この件に関しては、情報統合思念体はこっちの味方になってくれそうだ。 これもまた、利害の一致というやつだが。 「問題は、九曜の親玉がどう動くかだな」 俺は、一番の懸念材料を素直に口に出してみた。 「広域帯宇宙存在の行動原理は不明のまま。周防九曜がどう動くかも予測がつかない。現状では彼女は観測に徹しており、特段の動きは見られない」 長門が厳然たる事実だけを述べた。 「そこのところが不気味ですね。彼女たちの基本軸が見えないと、行動の予測もつかないですから。まったくのお手上げですよ」 「周防九曜への警戒は、私と喜緑江美里が継続する」 「現状では、それ以外には対処のしようもありませんね。よろしくお願いします」 事態がややこしくなってきたな。 九曜だけじゃなく、『機関』や橘京子の組織も要警戒か。 「『機関』は僕が多数派工作をしてみます。今のところ決定的な事態にはまだほど遠いですから、間に合うかもしれません。僕のところに『機関』内の情報が流れてこなくなったときが真の危機でしょうね」 「こっちの方は、私が何とかします」 橘はそう言ったが、こいつの組織内での立場からするとあまり期待できない。 となれば、せめて『機関』だけでも味方にとどめておかなければなるまい。いざとなったら、鶴屋さんを拝み倒すしかないだろう。 佐々木は、団長殿に認められたSOS団員なのだ。 その意思を無視して、勝手に引き剥がすなんてことは認められない。 γ-11 もう金曜日か。 この一週間はやたらといそがしかった気がするな。佐々木がSOS団に加わっただけだというのに、なんだか二週間分の人生を過ごしたような気がしている。 やはり九曜とか橘京子の組織とか『機関』とかがどう動くか解らないせいで、どうも気がそぞろになっていかん。 そんな気分で登校し自分の席についたわけだが、ハルヒの席はずっと空席のままだった。 やがて、担任の岡部がやってきて、こう告げた。 「今日は、涼宮は風邪で休みだそうだ」 ハルヒでも風邪を引くことがあるんだな。あいつなら、風邪のウィルスも裸足で逃げていきそうなもんだが。 と、いきなり、俺の携帯が震えだした。携帯の画面を見ると、古泉からだった。 ホームルームの時間中に電話をかけてくるとは、何かの緊急事態だ。 「先生、ちょっとトイレ行ってきます」 俺は、岡部の同意も取らず、教室を飛び出した。 すぐに電話に出る。 「どうした?」 「緊急事態です。至急、部室に集合してください」 いったい何が起きたんだ? γ-12 俺は、全速力で部室に駆け込んだ。 そこには、古泉、長門、朝比奈さん、そして、喜緑さんがいた。 「いったい何が起きたんだ!?」 「涼宮ハルヒが、周防九曜の襲撃を受けている」 長門が、あくまでも淡々とした声でそう告げた。 「なんだって!」 「いきなり本丸を奇襲してくるとは、意外でした。不意をつかれましたね」 古泉の冷静な口調が、俺をいらだたせた。 「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないだろ!?」 俺の叫びを無視するかのように、喜緑さんが口を開いた。 「長門さん、私は賛成いたしかねますね。周防九曜に対応するのは、私たち二人で充分ではありませんか? 人間がいても障害にしかならないでしょう」 「事は涼宮ハルヒにかかわること。不測の事態がないともいえない。可能な限りでの対応能力の確保が必要。それに、彼らがそれを望んでいる」 長門の言葉に古泉と朝比奈さんがうなずいた。 「わかりました。それが長門さんのご判断なのならば、これ以上は何も言いません。情報統合思念体への救援要請は私からしておきます」 長門は無言でうなずくことで、同意を示した。 「私がみなさんを現地に転送します。無断早退になってしまいますが、その辺は私が情報操作しておきますので」 喜緑さんが、呪文を唱えだした。 γ-13 喜緑さんの呪文が終わった瞬間に、俺たちは、ハルヒの家に転移していた。 「こっち」 長門がまっさきに階段を駆け上がっていく。 長門に続いて部屋に飛び込むと、そこにはハルヒと九曜、そして、なぜか佐々木もいた。 「きゃっ!」 ハルヒと佐々木の様子に、朝比奈さんが悲鳴をあげ、俺はしばし呆然とした。 「なんだ、これは!?」 γ-14 ハルヒと佐々木。二人の体の一部が、融合としかいいようがない状態でくっついていた。二人の意識はないようだ。 「てめぇ、何をした!?」 九曜は、こんなときでも、まるでやる気がないような声で、こう答えた。 「融合……完全化」 「なるほど。『力』の器の融合による『力』の完全化ですか。二人が接近するのを放置していたのも、同期率を高めるのに好都合だったからでしょうね」 九曜のあまりに情報量が少ない言葉を、こんなときでも嫌味なほど冷静な古泉が翻訳してくれた。 「私がさせない」 長門が攻撃をかける。 無数の光の矢が九曜に襲いかかるが、すべて弾き飛ばされた。 その間に、長門は一気に間合いをつめて九曜に殴りかかった。だが、九曜が右手がそれを難なく受け止めていた。 「なぜ……融合、望んでない?」 「強制的な融合は、力の対消滅をもたらす可能性がある。容認できない」 「対消滅とは何か」 九曜の髪がうなるように動き、長門が弾き飛ばされる。 長門は、部屋の壁に打ちつけられた。 「くっ」 長門は、何か重たい物が乗っかったかのように、床に倒れ伏した。起き上がろうとしているのに起き上がれない。息が苦しげだ。 「涼宮ハルヒとは何か」 そこに、唐突に銃声が響いた。 古泉がいつの間にか拳銃を握っていた。お前、そんなもんどっから持ってきたんだよ? その疑問に答える者はない。 飛び出した弾丸は、目に見えないバリアのようなもので弾き返された。 「やはり、こんなものは通じませんか」 続いて、一筋の光線が九曜に向けて飛んできたが、これも弾き返された。 その光跡を逆にたどると、そこには未来っぽい銃らしきものを握った朝比奈さんがいた。おそらく、光線銃かなんかなんだろう。 クソ。未来の武器も通用せずか。 ハルヒと佐々木の方を見ると、二人の体は、既に半分がくっついている状態だった。 突然、部屋がぐにゃりと歪んだ。 「その程度の物理攻撃は、九曜さんには通用しませんよ」 そして、空中から忽然と現れたのは、喜緑さんだった。 圧迫が解けたのか、長門がゆっくりと立ち上がった。 「遅れてしまってすみません。あのあと、この部屋が情報封鎖されてしまいまして、解除するのに時間がかかってしまいました」 「言い訳は後で聞く。今は、敵性存在の排除を優先すべき」 「そうですね」 二人は、そろって高速で呪文を唱えだした。 これでこちらの勝利は確実だと思ったのだが、そうは問屋がおろさなかった。 二人の呪文は延々と続き、止まることはなかったのだ。 やがて、二人の顔から汗がしたたり落ちてきた。 宇宙人同士の戦闘については素人の俺でも、これはまずそうだというのは分かった。二人がかりでも、九曜一人にかなわないというのか? 突然、喜緑さんが崩れるように倒れた。 同時に、長門の顔が苦悶で歪んだ。 そして、九曜がゆっくりと長門に近づいてきた。長門は一歩も動けない。 「力とは何か。答えよ」 「この野郎!」 俺は思わず九曜に殴りかかったが、俺の拳は九曜に届くことはなく、俺の体は九曜の髪の毛に巻き取られるように空中に固定された。 「キョンくん!」 朝比奈さんの悲鳴が聞こえた。 銃声が何度も聞こえた。だが、弾丸は九曜には全く届いていない。何度も放たれた光線も九曜の周辺ですべて消失していた。 「あなたは答えてくれる? 涼宮ハルヒとは何か」 九曜は、表情を────劇的と言ってもいい────変化させた。 微笑んだのだ。 とんでもなく玲瓏で美しい笑みだった。 感情の発露というよりは高度なプログラムが完璧に模倣したような笑顔だったが、こんな笑みを向けられた男はどんな朴念仁でも一瞬にして一目惚れ病に罹患する。 耐えられたのは俺でこそだ。事情を知らない谷口あたりなら即、墜落だ。 それは、唐突だった。 九曜の背後に何かが現れたかと思うと、九曜の口からコンバットナイフが飛び出した。それは、九曜の頭を完全に貫通し、俺の心臓に突き刺さる直前で停止した。 ナイフの柄を握る手までもが見える。それだけで、人間技では不可能な力をもって突き刺されたことがわかる。 俺の心臓が無事で済んだのは、そのナイフが誰かの左手で白刃取りされていたからだ。 片手での白刃取りを成し遂げた主────長門はすかさずこう唱えた。 「パーソナルネーム周防九曜の情報生命構成を消去する」 九曜が砂が崩れ落ちるように消えていく。 その代わりに、ナイフを突き刺した人物の姿が明瞭に現れてきた。 北高の長袖セーラー服に包まれたかつての一年五組の委員長が、さっきの九曜に勝るとも劣らない笑みを浮かべてそこに存在していた。 「あら、残念。ついでにあなたも殺せると思ったのに」 「…………朝倉か」 「ええ、そうよ。他に誰かいる?」 ナイフの柄を握る朝倉の握る手と、その刃を白刃取りしている長門の手が、ともに震えていた。両者ともその手に尋常でないエネルギーを注ぎこんでいるようだった。 「協力に感謝する。また会えてうれしい」 長門がそう言った、本当にうれしそうな口調で。 言っておくが俺は全くうれしくないぞ。二度も殺されかけた相手を歓迎するほど、俺はマゾじゃない。 「命じられたから来ただけよ。でも、私も長門さんに会えてうれしいわ」 ナイフは依然として小刻みに震え続けていた。 「あなたの再構成は、敵性存在排除のための措置。彼の殺害は、情報統合思念体の総意に反する」 「そうですよ、朝倉さん」 俺の背後から喜緑さんの声が聞こえた。彼女もいつの間にかすっかり回復したようだ。 喜緑さんはさらに何か呪文のようなものを唱えた。 すると、朝倉と長門の間で震えていたナイフがまるで霧のように消え去った。 と同時に、宙に浮いていた俺の体が床に下ろされる。 「つまんないわね」 「喜緑江美里は私ほど甘くはない。次は有機情報連結解除ではすまなくなる。自重して」 長門が淡々とした口調でそう言った。 「そういえば、あのとき長門さんの処分が決まってたら、処分実行者は喜緑さんになる予定だったんだっけ?」 あのときって、昨年の12月18日のことか? 「情報統合思念体の総意は、不処分と結論付けました。現時点において過去に仮定を持ち込むことには意味がありません」 「まっ、そうだけどね」 朝倉は俺に視線を向けて、 「近いうちに二年五組に転入予定だからよろしくね」 そう言い残すと、部屋から去っていった。 「おい、長門。これはどういうことだ?」 「朝倉涼子は、私のバックアップとして再構成された。今後も広域帯宇宙存在の攻撃の可能性は否定できない。それに備えるため。私と喜緑江美里が監視するので危険性はない」 「そうは言ってもだな……」 たった今だって殺されかけたんだぞ。はいそうですか、ってわけにはいかないだろ。 「彼女は私の最初の友人。仲良くしてほしい」 長門、友達はよく選んだ方がいいぞ。 「さて、このお二人はどうしましょうか」 古泉が、ハルヒと佐々木を見下ろしていた。喜緑さんの呪文で元通りに切り離された二人の意識はまだ回復してない。この状態でいきなり目を覚まされても対応に困るが。 「二人の記憶は改竄しておく。最小限の情報操作でこの事件自体なかったことにする」 「まあ、それが無難でしょうね」 何はともあれ、最大の脅威と見られていた周防九曜は消滅した。 代わりに危ない奴が復活しちまったし、佐々木を巡る『機関』やらの今後の動きは気になるところだが、とりあえずこれはこれで一件落着だろうと、俺は思った。 しかし、それは甘い見通しだった。 γ-最終章 週明け、学校での昼休み。 毎日弁当を作ってくるのに飽きたらしいハルヒが以前のように学食に向けて飛び出していった後に、俺のクラスに朝比奈さんが訪ねてきた。 「キョンくん、ちょっといいですか?」 はいはい。朝比奈さんのお誘いならば、どこへでも参りますよ。 朝比奈さんに連れられて、俺は学校の屋上にやってきた。 朝比奈さんは、どこか元気がなさそうな様子だった。いったい何があったんですか? 「TPDDがなくなっちゃいました……」 ポツリとつぶやかれたその言葉の意味を理解するまで、十秒ほどの時間がかかった。 「どういうことです?」 「あの事件のあと、家に帰った直後でした。いきなりなくなっちゃったんです」 「どうして?」 「原因は分かりません」 「涼宮ハルヒの情報改変能力によるものと思われる」 突然、背後から聞こえてきた声に振り向くと、そこには、長門と喜緑さんがいた。 「我々も、広域帯宇宙存在、情報統合思念体及びすべての急進派インターフェースの消滅を確認した」 長門は、淡々ととてつもないことを告げてきた。 なんだって? 九曜の親玉と、長門の親玉と、朝倉とその仲間がまるごと消えただと!? 「記憶の消去ぐらいでは、涼宮さんの無意識は騙せなかったということでしょう」 長門たちの背後から、ニヤケハンサム野郎が現れた。 「俺にも分かるように説明しろ」 「要するに、涼宮さんは、我々SOS団を脅かす恐れがある存在を、丸ごと消去したわけですよ。二度とあんなことが起きないようにね」 さらに続ける。 「時間航行技術を奪い取って未来人の介入を排除し、強大な宇宙存在を消滅させ、危険な急進派TFEIも消し去った。そして、最後に、自分の『力』も封印した」 今、なんていった!? 「自分の『力』の存在こそが、危険を呼び寄せる原因になったと理解したのでしょう。ちなみにいうと、涼宮さんの『力』が封印されたのと同時に、我々の能力も消滅しました。類推するに、佐々木さんの『力』と橘さんたちの能力も、同様の経過をたどっているでしょうね」 あまりのことに、俺は声も出ない。 「とはいっても、『力』が完全に消滅したわけではありません。封印されただけで、また復活する可能性もあります。よって、『機関』も残ることになりました。 規模は最小限まで縮小されますが、鶴屋家がスポンサーとして残ってくれることになりましたので、資金的には困りません。僕の役割も今までどおりです。橘さんの組織も、同様でしょうね」 「私たちはどうするのですか?」 喜緑さんが、長門をにらみつけるように見ていた。 「我々は、情報統合思念体から与えられた任務を継続する。涼宮ハルヒの『力』が完全に消滅したわけではない以上、自律進化の可能性はまだ残っている。我々は観測を継続すべき。『力』の封印が解かれれば、情報統合思念体が復活する可能性もある」 その言葉に喜緑さんは目を見開いていたが、やがていつもの表情に戻ると、こう答えた。 「監査役として、プレジデントの御命令は、合理的なものと認めます」 「地球上の残存全インターフェースにこの旨を命ずる。……伝達完了」 「私はどうしましょうか……?」 朝比奈さんがポツリとつぶやいた。 そうだ。朝比奈さんは、帰る場所も手段も失った上に、組織のバックを完全に失ってしまったんだ。今まで生活費をどうしていたのかは不明だが、組織の支援がなければだいぶ厳しいことになるだろう。 「私の部屋に来ればよい」 意外なことに長門がそう提案した。 「いいんですか?」 「個体単体でも、生活費を捻出できる程度の情報操作能力は残っている。問題はない」 さらに、古泉が助け舟を出してきた。 「お金にお困りでしたら『機関』からも援助はしますよ。それに、鶴屋さんに頼めば、事情を詮索してくることもなく援助してくれるでしょう」 「ありがとうございます」 朝比奈さんは深々と頭を下げた。 放課後。 学外団員の佐々木もやってきて、団活となった。 長門は黙々と本を読み、朝比奈さんはメイド姿でお茶をいれ、俺は象棋で古泉を打ち負かし、佐々木は小難しい口調で俺と古泉の一手一手にツッコミをいれ、ハルヒはパソコンでネットサーフィン。 全くいつもどおりで、昼休みのトンデモ話が嘘じゃないかと疑いたくなるほどだった。 長門がパタンと本を閉じて、その日の活動は終了した。 あの下り坂を集団で下校し、やがてみんなと別れて一人になる。 釈然としない思いが脳裏を渦巻いていた。 今回のことは、古泉たちや橘たちにとってみれば悪くない結果だろうが、とてもじゃないがハッピーエンドとはいえない。 朝比奈さんは、帰る場所と手段を奪われた。何事にも前向きな朝比奈さんだが、さすがにこれはつらいだろう。 長門と喜緑さんは、親兄弟を殺されたも同然だ。今思い返してみれば、あのときの喜緑さんは、親を殺されたことに怒っていたんじゃないのか? 長門がああいうふうに言いくるめなければ、どんな事態になっていたことか……。 ハルヒよ、もうちょっとなんとかならなかったのか? 「納得してないようだね」 思わず振り向くと、そこには佐々木がいた。 「ずっと後ろをつけてきたのに気づかないなんて、よほど思考に没頭していたか、あるいは、上の空だったのか」 どっちも正解という気がするな。 「橘さんからだいたいの事情は聞いたよ。朝比奈さんや長門さんたちにとっては気の毒な結果になったけど、完全なハッピーエンドなんて、物語の世界にしか存在しないものだ。僕は、この結果はバッドエンドよりはマシなものとして受け入れざるをえないと思う。 それに、涼宮さんは意識してこうしたわけでもない。彼女を責めるのは酷というものだ」 それは解ってるつもりなんだが。 「それに、これは僕のせいなのかもしれない」 なんだと? 「涼宮さんと融合したときに、僕の意識が彼女の無意識に混入した可能性は否定できないってことだよ。涼宮さんが僕に課した入団試験の七番目の問いを覚えてるかい?」 なんだったかな? 「『何でもできるとしたら、何をする?』だよ」 ああ、確かそんな質問だったな。 「あのときは紙には書かなかったけど、それに対する僕の答えが、今の事態に近いんだ。時間航行技術を奪い取って未来人の介入を排除し、強大な宇宙存在を消滅させ、危険な宇宙人を消し去り、そして、最後に自分の『何でもできる力』を封印する」 そのまんまじゃねぇか……。 確かに、二人が融合したときに、ハルヒの無意識にそれが混入した可能性を否定はできんな。 「だから、恨むなら僕を恨んでもらいたい」 佐々木はそういうと、きびすを返した。 家に帰ると、自分の部屋に直行して、ベッドの上に寝っころがった。 釈然としない思いは解消されなかったが、それとは別に、脳の奥に何かが引っかかったような感じがとれなかった。 それの正体が判明するまで、五分ほどの時間が必要だった。 そうだ! あのいけ好かない未来野郎。 あいつは、結局、今回は俺たちの前に姿を見せなかった。 奴は、いったいどこに行きやがったんだ? ────ソシテ、トウトツニ、スベテガ、アンテン──── γ-エピローグ────あるいは、αおよびβへのプロローグ とある時間軸のとある時間平面。 ────報告受領。時間軸γの消滅を確認。原時間平面にすみやかに帰還せよ。 「フン。くだらん」 彼は、さきほど未来の組織に簡潔な報告を送信し終わったところだった。 分岐点のほとんどは安定的なものだが、たまにある不安定な分岐点はイレギュラーを引き起こし、規定事項を破壊する。だから、消去する。 まったくもってくだらない任務だった。 しかし、『力』を涼宮ハルヒから佐々木とやらに移し、その力で時空連続体を再構築する────そのときまでは、黙々と任務を遂行して、組織に忠実なフリをしておく必要がある。 彼──便宜上『藤原』の名を騙る彼──は、何か決意を固めたような表情をすると、TPDDを起動した。 『機関』時空工作部の保管記録より。 ────上級工作員朝比奈みくるより、最高評議会各評議員へ。消去対象時間軸237個のうち236個の消去任務完了。 ────時空観測局より、最高評議会各評議員へ。消去対象時間軸237個のうち236個の消滅を確認。 ────時空観測局より、最高評議会各評議員へ。消去対象時間軸γは、別組織による時間工作により消滅したことを確認。 ────最高評議会代表長門有希より、各評議員へ。統合時空補正計画SOSパート8パターンAフェーズ1の完了を確認し、フェーズ2に移行することに異議はないか? ────異議なし。 ────異議なし。 ────異議なし。 ────異議なし。 ────異議なし。 ────全会一致で可決と認める。 ────最高評議会代表長門有希より、上級工作員朝比奈みくるへ。統合時空補正計画SOSパート8パターンAフェーズ2へ移行せよ。なお、当該任務中は上級権限2級を付与する。 ────上級工作員朝比奈みくるより、最高評議会各評議員へ。命令受領。工作活動をフェーズ2へ移行します。
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/288.html
ハルヒ先輩から 「まあ、あんたは、鞭より飴が効くタイプだとは思ったけど、ここまでとはね」 「どっちかって言うと、ハルヒが事前にしてくれた家庭教師のおかげだと思う」 「それでもね。……あんた、平均で80点超えてるわ。これだと『愛の極上スペシャル・フルコース』になっちゃうけど、どうする?」 「……」 「そうよねえ。こういうのは、お互いの気持ちの高まり、とか、そういうのが大事なもんだし、賞罰のネタにするのはダメね。あたしが悪かったわ。代わりに、なんでもいいから、欲しいもの言いなさい。ちゃんとご褒美は用意するから」 「ハルヒ」 「なに?」 「子供扱いしてるだろ?」 「む。そんなこと、あるわけないじゃない。あんたは、たまたま年下だったけど、あんたが10才年上だろうが、逆に年下だろうが、キョンはキョンよ。あたしの気持ちに変わるところはないわ」 いや、さすがに10歳下はまずいだろ。 「じゃあ、なんで俺なんだよ。ハルヒなら、もっと……」 「もっと、何?」 「もっとイケメンとか、頭のいい奴とか、よりどりみどりだろ?」 ハルヒは、さもつまんないといった風に答えた。 「あんたがコンプレックスを持つのは勝手だけどね、キョン。あたし達の恋路にそんなもの混ぜこまないでちょうだい。あんたは恋をするのに、カタログのスペックを見比べて決めんの? 掃除機や冷蔵庫を買うんじゃあるまいし。アクセサリー用途の彼氏彼女が欲しいならそれでもいいわ。でも、あたしは、そんなくだらないことに時間を使う気はないの」 「……じゃあ、おれも欲しいもの言うぞ」 「どうぞ」 「これ。最初の約束とおりに」 「『愛の極上スペシャル・フルコース』!?」 「おれもハルヒでないと嫌だ。これって気持ちの高まりじゃないのか?」 ● ● ● 「あんたには、負けたわ。あ、でも、この借りは必ず返すからね!」 これって貸し借りなのか? どこまで負けず嫌いなんだ? っていうか、だいたい『負け』なのか? 「うっさい。今回はあんたの真剣さに免じて譲るって言ってんの。……あたしだって、はじめてなんだからね。気合いというか勢いが必要というか。とにかく、あんた以外は全然考えられないけど、そのあんたが相手でも、ちょっと、こう、緊張すんの!」 「あ、ごめん。そこまで考えられなかった」 「いいのよ。あたしも、あんたがそこまで真剣に受け止めてくれるなんて思わなかった。だから、うれしいよ、キョン」 「うん」 「で、あんたが脱がす? それともあたしが脱ごうか? 高校時代のあたしの脱ぎっぷりと来たら、ある種の伝説に……」 「ハルヒ」 「なによ?」 「いつも通りでいいと思う。話して、冗談言って、ふざけあって、キスして、抱き合って……ってやつ」 「あ、うん。そうね。そうよね」 「ただし、途中でごまかしたり、なかったことにするするのは、無しな」 「ぶー。わかってるわよ。恥ずかしいのよ、あたしだって」 「うん。でも、今日は、『恥ずかしい』の先に行きたい。ハルヒと」 「キョン……。ああ、だめ。あんた、なんていう着火材?」 わっふる、わっふる、わっふる ハルヒはゆっくりと、有無を言わさぬオーラを発しながら、体をよせ、腕を回し、唇を重ねてきた。 最初は軽いキス。それがすぐに、頭の芯から麻痺させるような奴になる。半開きの唇から、熱い舌が入り込んでくる。口の中だけじゃなく、頭の中を直接、かき回されているような動き。 「んんん……」 自分の体温が急上昇するのが分かる。それ以上にハルヒの体が熱い。 顔が一度離れる。艶やかに濡れたハルヒの口元に目が行ってしまう。 「キョン、今日はふざけてる余裕がないわ」 ハルヒの指先が、俺の胸を軽く引っ掻く。思わず声が漏れる。なにかといえば、すぐに抱きついてきて、あちこち触っていたな。今日みたいな日のため? 「敏感ね、キョン」 「ハ、ハルヒがそうしたんだろ」 精一杯の抵抗。 「そうよ。あたしにも同じようにしてみて」 促されて、俺の指がハルヒの胸の先に触れる。とろけるような声、そして体中にひろがっていく波紋。 「か、感じてるのか?」 「感じてるわ。触れられるだけで、かるくイっちゃいそうなくらい」 ハルヒが艶かしく笑う。 「いっぱい抱き合ったから、あんたの体も、あたしのことをよおく知ってるのよ」 二人が手を伸ばし合い、互いの体を探り合った。 漏れる声よりも、鼓動の方がうるさいくらいに耳の中で、頭の中で響く。 だが、相手の声が聞こえなくても、相手が何を感じているのか、それこそ手に取るように分かる。 何をすればいいかは、確かに、体の方が知っているらしい。 心は、それに駆り立てられて、後に続くだけ。それでも満たすだけでは終わらないほどの何かが溢れ出る。 「何でもしてあげるって言いたいけど、何にもできなくなりそう」 ハルヒ先輩3へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_aska_sui/pages/345.html
https://w.atwiki.jp/haruhi_dictionary/pages/37.html
基本情報表紙 タイトル色 その他 目次 裏表紙のあらすじ 出版社からのあらすじ 内容 あらすじ「プロローグ」 「第一章」 「第二章」 「第三章」 挿絵口絵 挿絵 登場人物 後に繋がる伏線「第二章」(伏線) 「第三章」(伏線) この巻にて回収した伏線「プロローグ」(回収した伏線) 「第一章」(回収した伏線) 「第二章」(回収した伏線) 刊行順 その他 基本情報 涼宮ハルヒシリーズ第9巻。2007年4月1日初版発行。 表紙 通常カバー…涼宮ハルヒ 付け替えカバー…涼宮ハルヒ 期間限定パノラマカバー…周防九曜、佐々木 タイトル色 通常カバー…赤 付け替えカバー…ピンク 期間限定パノラマカバー…ピンク その他 本編…290ページ 形式…長編・上中下巻(第10巻『驚愕(前)』は中巻、第11巻『驚愕(後)』は下巻にあたる) 目次 プロローグ…P.5 第一章…P.101 第二章…P.155 第三章…P.219 裏表紙のあらすじ 桜の花咲く季節を迎え、涼宮ハルヒ率いるSOS団の面々が無事に進級を果たしたのは慶賀に堪えないと言えなくもない。 だが爽やかなはずのこの時期に、なんで俺はこんな面子に囲まれてるんだろうな。 顔なじみのひとりはいいとして、以前に遭遇した誘拐少女と敵意丸出しの未来野郎、そして正体不明の謎女。 そいつらが突きつけてきた無理難題は、まあ要するに俺をのっぴきならない状況に追い込むものだったのさ。大人気シリーズ第9弾! 出版社からのあらすじ 春の訪れと共にSOS団全員が無事進級できたことは、何事もありすぎた一年間を振り返ってみると感慨深いとしか言いようがないのだが、 俺は思ってもみなかったよ。春休みの些細な出会いがあんな事件になろうとはね。 内容 P.295に『涼宮ハルヒの驚愕』に続くとあるため、シリーズ初の上下巻構成。今まで溜められた伏線が一気に回収され、新キャラが登場。波乱の新展開を迎える。 この巻ではキョンの中学時代の友人、「機関」の敵対組織代表者、みくるを敵対視する未来人、情報統合思念体とは違う広域帯宇宙存在によって作られた宇宙人が登場。 ※ネタバレ記述あり +... なお、この巻のタイトルになっている『分裂』は、ストーリー分裂という意味を指している。 あらすじ ※ネタバレ記述があるので、原作未読の場合は注意。 「プロローグ」 +... 春休みを終え、無事に全員進級を果たしたSOS団のメンバー。 ハルヒは新入生の中から、面白い人材を探し出そうと張り切っているが、どうも古泉の様子がおかしい。 聞けばハルヒの精神が不安定で、連日連夜神人狩りに奮闘しているのだという。 「ハルヒの精神が不安定? あんなに笑顔で楽しんでるじゃないか?」 不思議に思うキョン。古泉曰く、その原因を作ったのはキョンだという。 「春休みの最終日を覚えていますか?」 必死に思い返すキョン。春休みの最終日、キョンはある人物と再会していた。その人物は…… 「第一章」 +... 古泉は、ハルヒの精神は未だ不安定で、現状に変化はないらしい。 古泉がこう発言した次の日の土曜日の朝、キョンは駅前で再び佐々木と再会するが、そこにいたのは佐々木だけではなかった…… 「第二章」 +... ※ストーリー分裂 『α』(α-1~4) 入浴中、キョン宛に電話がかかる。 電話の相手は女の声。キョンは「イントネーションが誰かに似ていた」と思っており、電話相手の名前を聞こうとしたが、その相手は名を言わぬまま電話を切ってしまった…… 『β』(β-1~4) 入浴中、キョン宛に電話がかかる。 電話の相手は佐々木で、橘京子らがキョンに話があるらしい。 次の日曜日、いつもの喫茶店で橘京子が口にした言葉。 「あたしたちは涼宮ハルヒさんではなく、この佐々木さんこそが本当の神的存在なのだと考えています」 訊けば、橘京子は「佐々木に力を与えられた超能力者」であるとの事。ハルヒの持っている力を佐々木に移植したいと考えているが、 佐々木もキョンも力を得ることに否定的で、藤原と九曜も乗り気ではなかった。 だが、佐々木が神的存在であることを証明しようと、橘はキョンをとある場所に案内するのだが…… 「第三章」 +... 『α』(α-5~6) 月曜日の放課後、キョンは数学の小テストがあるのを忘れていた。それを聞いたハルヒは講義を開く。 終了後、キョンとともに部室の前に行くと、廊下には入団希望者である一年生達が11人並んでいた。 だが、一年生達の人数が11人だったはずが、いつの間にか12人になっており、女子1名増えていた。 キョンは、その中の女子1名に既視感を覚えるのだが…… 『β』(β-5~6) 月曜日の放課後、いつも通りキョンは部室に行く。そこにいたのはみくるだけだった。 入団希望者は一人も来ず、しばらくしてSOS団は全員揃った……はずだったのだが、長門が来ていないことにハルヒとキョンは同時に気付く。 ハルヒは長門の家に電話をかけるが、長門は熱を出して学校を休んだらしい。 「彼等の侵攻が再開されたんですよ。情報統合思念体ではない地球外知性のね。当然、第一次的な攻撃目標はSOS団最大の防御壁となる長門さんです」 古泉の解説によると、長門は広域帯宇宙存在(天蓋領域)の攻撃によってこのような状態であるらしい。 熱を出して寝込んでいると知ったハルヒ達は長門のマンションへと向かう…… 挿絵 口絵 SOS団(プロローグ) ⇒ キョン、長門有希、古泉一樹(プロローグ) ⇒ 佐々木、橘京子、周防九曜(第一章) ⇒ 涼宮ハルヒ、長門有希、朝比奈みくる ⇒ 挿絵 「プロローグ」 P.37…キョン、コンピュータ研究部部長 ⇒ P.87…キョン、佐々木 ⇒ 「第一章」 P.117…長門有希、鶴屋さん ⇒ P.143…朝比奈みくる ⇒ 「第二章」 P.161…キョン、佐々木 ⇒ P.183…藤原 ⇒ P.213…喜緑江美里、周防九曜 ⇒ 「第三章」 P.231…涼宮ハルヒ、キョン ⇒ P.281…涼宮ハルヒ、朝比奈みくる ⇒ 登場人物 涼宮ハルヒ キョン 長門有希 朝比奈みくる 古泉一樹 鶴屋さん シャミセン 谷口 国木田 キョンの妹 コンピュータ研究部部長 生徒会長 喜緑江美里 佐々木 橘京子 藤原 周防九曜 『わたぁし』 後に繋がる伏線 「第二章」(伏線) 『α』ルート・電話相手の謎の少女の正体 ⇒第10巻『驚愕(前)』にて回収 『β』ルート・藤原の目的 ⇒第11巻『驚愕(後)』にて回収 『β』ルート・佐々木&藤原の話の内容 ⇒第10巻『驚愕(前)』にて回収 「第三章」(伏線) 『β』ルート・キョンの中学時代の夢の内容 ⇒未回収 『β』ルート・天蓋領域(九曜)の目的 ⇒第10巻『驚愕(前)』、第11巻『驚愕(後)』にて回収 この巻にて回収した伏線 「プロローグ」(回収した伏線) 国木田曰く「変な女」、中河曰く「奇妙な女」、古泉曰く「中学時代に仲良くしていた女子」という人物 ⇒佐々木 「第一章」(回収した伏線) 第5巻『暴走』収録の「雪山症候群」にて、SOS団を異空間に閉じ込めた犯人 ⇒周防九曜 「第二章」(回収した伏線) 『β』ルート・第7巻『陰謀』にて、敵対組織の登場・目的 ⇒「機関」の敵対組織は、佐々木にハルヒの持つ能力を移植すること 刊行順 <第8巻『涼宮ハルヒの憤慨』|第10巻『涼宮ハルヒの驚愕(前)』> その他 余談だが、この巻からいとうのいぢの口絵・挿絵のクオリティが一気に上がっている。